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写真集といえば……。赤尾敏から安倍晋三まで。水沢アキから何処まで?
後ろから襲われるとは、安倍晋三から宮台真司まで‥‥。

(2022・11・30・水曜日)



東京タワーで12月1日まで、やっている安倍晋三写真展に出かけた知人が、安倍晋三写真展実行委員会編の『安倍晋三写真集~産経新聞カメラマンがとらえた勇姿』(定価900円)なるものを見せてくれた。演説をまとめた小冊子もあったようだ。どちらも単行本サイズかな。

写真集は、鯛焼きを手にした安倍さんが表紙だ。結婚式の写真や伊勢志摩サミットの写真なども。最後の写真は、菅さんが国葬の時に触れた「かたりあひて~」の箇所がアップで写し出されていた。

河合栄治郎さんだったか、病床で、死ぬまで本を手にしていた云々のエピソードはあるが、古希前でまだ死ぬとは思っていなかっただろうね…。最後の読書となったというわけでもないだろうが……。仕事が忙しくて、東京タワーまで行く暇はないが、写真集を手にして合掌。

安倍さんの写真集といえば、『安倍晋三 MEMORIAL』(飛鳥新社)も出ている。これまた知人がもっているのをパラパラとめくった。

写真集はある意味で「読むところ」が少ない。僕がもっている写真集といえば…。宮嶋茂樹カメラマンの『人間 赤尾敏』(話の特集社)かな。
そのあとは……。ううむ、水沢アキさんの『水沢アキの情熱』 (激写文庫)、『AKI MIZUSAWA 1975-1995』 (小学館)ぐらいかな? 青山知可子さんの『青山知可子 亜熱帯』 (激写文庫)もヨカヨカ?
篠山紀信撮影の『激写・135人の女ともだち―篠山紀信全撮影 』 (小学館)。これは未だに大事に保存してある? 表紙の某女 がよかった? その某女に似た感じの『小森みちこ写真集 ささやく』 (英知出版)も書棚の奥深くにあるはず?

蛇足になるが‥‥。
東京都立大学教授の宮台真治さんが大学キャンパスで暴漢に後ろから切り付けられて重傷を負ったとのこと。大学のある南大沢は、この前、駅前の古本市に出かけたばかり。安倍さんも後ろから襲撃された。宮台さんは命はとりとめるとのことで、不幸中の幸いではあるが、こういう犯人は許せない。大学教授が襲われるといえば、イスラムを冒涜する小説を訳したからだとか、オレの成績を不当に低く評価したからとか、そういうものもあった。今回の事件、犯人がつかまっていないから、動機は不明だが、なんにせよ、これも許されないテロ事件といえよう。
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個人的には、宮台さんの本からさほどの知的刺激を受けたことはない。しいていえば、以下のようなコメントをしたことがあった。一部再録。

(2011・4・13)
二〇〇九年十一月に刊行された宮台真司氏&福山哲郎氏の対談本『民主主義が一度もなかった国・日本』(幻冬舎)を遅ればせながら読んだ。
社会学者として著名な宮台という人の本をあまり読んだ記憶がない。この本を読んで、さらに読んでいこうかという気も特に起こらなかった。福山氏は民主党代議士。今は官房副長官。本が出た時は外務副大臣。日頃から宮台氏の書いているものに「そうか!」と膝を打つことが多く、話をしては目からうろこ状態になることもしばしばだったという。羅針盤としていたとも。

そんな同じ穴のむじな同士・同志が、政権交代してまだまもない高揚時に対談して言いたいことを言い合った放言集。鳩山由紀夫首相の二酸化炭素25%削減宣言の素晴らしさを側近の一人として福山氏は語り、宮台氏も同調する。宮台氏はいささか下品な言葉を交えつつ自民党政治をボロクソに糾弾もする。福山氏も民主党のマニフェストを自画自賛し、子ども手当てやダム建設中止も当然実行あるのみとのたまう。
自民党政権時代のマニフェストに対して、福山氏は「なぜやらなかったの? やれなかったの? ですよね」と。宮台氏も「簡単に言えば『だったら今までにやれよ』。」と。前原国交相がダム建設を中止すると言ったら「なんで一面トップなのか分からない。だってマニフェストに書いてあるわけだから」「『あ、そうか……』と気がついたのは、マスコミは、マニフェストは実行されないことを前提に物事を考えているんだと。あれだけ、国民との約束だ、契約だと言っているのに……」と。
まぁ、カマトト代議士なのか? 

あれから一年以上経過し、鳩山首相の「子ども手当て」の惨めさ(辞任)やら菅直人首相の尖閣侵犯中国漁船映像隠しなどによる参議院選挙、統一選挙の連続敗北、無能な理系首相二代、原発事故の処理のために福島周りをしているご本人(福山氏)の現状には同情を申し上げるしかないが、あの自画自賛のマニフェストはどこに行ったんだろう? 子供手当を全廃し復興資金に流用する柔軟思考もなく考えることは増税だけ? 天に唾するだけの、ネバーセイネバーの原則を知らない方々による虚しい放言集でしかない本であった。
この本、「自民党」を「民主党」、「民主党」を「自民党」に置き換えてもそのまま通用しそうな内容だ。 「なぜ民主党で人材は育たないのか」「民主党にだまされない」「民主主義が一度もなかった民主党」などを考える上でのみ少しは参考になる本であった。サヨナラ!
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ブーメランが大好きな福山さんと、五十歩百歩の宮台さんとの「喜劇的放談本」として、今後も語りつげられる一冊かもしれない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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台湾侵攻か、中共自滅か?
『中共(レッドチャイナ)は2025年まで生き残れるか』を真剣に考慮すべきときが来たみたい。
中国で群発する民衆の反中共デモの背後にディープステートが存在する?
李克強は「中国のエリツィン」になれるか?

(2022・11・29・火曜日)



ペマ・ギャルポさんの『中国が仕掛ける東アジア大戦争』(ハート出版)を読んだ。

(こんな内容)→同胞120万人の命を中国に奪われたチベット人国際政治学者の警告。
ウクライナ侵攻の「次」を読む。迫り来る第三次世界大戦!! インドに学べ。
一枚岩ではない中国とロシア。インドは中国に対峙し、巧みにロシアを利用している。
ミサイルや戦車による攻撃だけが戦争ではない!中露の巧みな情報戦、プロパガンダに騙されるな!日本は欧米一辺倒から脱却せよ!

「宗教問題」に狂奔する野党・メディアの動きは、「モリ・カケ・サクラ」と同じ「台湾・尖閣・沖縄有事」の目くらまし

日本は今、自らの国防と、中国の覇権主義、そしてアメリカをはじめとする民主主義国の混迷といった、様々な問題に立ち向かわねばならない時なのだ。
ウクライナ戦争は、世界秩序を大きく変えた。ある意味、「第三次世界大戦」は、すでに様々な形で始まりつつあるのだ。欧米・ウクライナ対ロシア、中国とロシアの関係、アメリカと中国、さらに中国、アメリカ、そして日本と各アジア諸国との関係。これは単純な方程式では解けない。日本は欧米一辺倒ではなく、中国の侵略に対峙しつつ、同時にここアジアの中で、どのような戦略を構築するかを考えねばならない。
本書はそのために、歴史的文脈から現状分析に至るまで、様々な視点を通じてこの難しいテーマに挑んだものである。(本文より)


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ペマ・ギャルポさんの本を初めて読んだのは『チベット入門』(日中出版・1987年)あたりからだったか。ペマさんが関与したジャムヤン・ノルブの『中国とたたかったチベット人』(日中出版)も参考になった。これも1987年の訳出。

中共のチベット侵略の生々しい歴史を知ったのも、ペマさんの本からだった。35年も昔のことだ。爾来、コンスタントに評論集を出している。本書は最新刊。安倍元首相暗殺やペロシ下院議長の台湾訪問なども俎上にのせている。その中で、おやっ?と思ったのは第九章。章タイトルが「民主社会主義とアジア的価値観の合体」となっているからだ。民社党の綱領まで引用されている。そして仏教と民主社会主義の融合を説いている。ううむ……。

日本では社会党や社民党などが「社会主義インター」に入っていて、「極左」的価値観を発揮するものだから、日本ではあまり「民主社会主義」や「社会主義インター」は評価されていない向きがあるが、それは誤解であるとペマさんは指摘している。
なるほど。アムネスティにしても、「日本では左派によって完全に牛耳られており、私がチベット問題について問い合わせても長い間門前払いだったが、海外ではいち早くチベット問題を取り上げ、中国の残虐行為を批判し、その現状を世界に認識させるための大きな役割を果たしてきた」と評価している。

そうそう、日本のアムネスティの「広告」が、岩波の雑誌「世界」によく掲載されていたことがあったが、あの頃の日本アムネスティはイマイチだったよね。だって、安江サンなどが編集長をしていたころの「世界」は、史上最悪の人権弾圧国家北朝鮮をヨイショする誌面作りをしていた。そんな雑誌に広告を載せていたぐらいだから、北朝鮮をテーマにした問題提起をアムネスティはしていなかった。単純な死刑廃止とか、東南アジアのどっかの国の人権問題を追及していた程度だったと記憶している。

さすがに、今はウイグル問題なども取り上げた集会を日本国内でも開催していたから改善はされているのだろう(と信じたい?)。日本国内の死刑判決などに目くじらをたてる暇があれば、政治犯や経済犯でも死刑にしている中国や北朝鮮を批判すべきだろう。日本の死刑判決を受ける人間など、子供を誘拐して殺したとか、人非人のような輩ばかりではないか(と思う)。こんなの死刑にして何が悪い(せめて、完全な終身刑があるならまだしも。死刑廃止国家にも終身刑があるのに、それを無視して日本は遅れていると騒ぐ人の底意を見抜きたいものだ)。

ともあれ、ペマさんの冷静な評論の数々は味読すべきですな。

蛇足ではないが‥‥。中国各地で発生している反中共デモ。アメリカの陰謀? ディープステートがついに中共・習近平政権打倒に動き出した? いやいや、限界に達した中国民衆の不満爆発?

1989年の天安門の時は、中国はまだ発展途上国だった‥‥。また監視カメラもさほどはなく、スマホもない時代だったが‥‥。

今は、そこそこの経済大国にもなり、自由世界のマスコミもそこそこいる。NHKなど国際放送を都合の悪いニュースはプッツンしたり、ネット情報も恣意的にプッツンしたりする中共だが、スマホなども普及し中共当局にとって都合の悪い映像も即座に世界に流れる時代だ。

1989年の時のような「完全閉鎖」は困難。中国で、かつての香港やロシアやミャンマー程度の「デモ」が生まれてきたことの意義は大きいだろう。武漢ウイルスによるコロナをまき散らし、何百万もの人々を殺した中共に対して、神様は因果応報、自業自得をもたらすのだろうか。ゼロコロナもあってか、大学生の失業率は上昇し、塾や家庭教師も厳禁では、若者は食っていくのも大変だろう。

アンドレイ・アマルリクの『ソ連は1984年まで生きのびるか?『(時事新書)という本があったが、『中共(レッドチャイナ)は2025年まで生きのびるか?』を真剣に検討すべきときが来たのではないかしら?

サイゴン陥落後のベトナム共産党による難民排出も見て見ぬフリをした進歩的な方々よ、北朝鮮による拉致などありえないと叫んでいた方々よ、一刻も早く中国大使館前に出かけて連帯デモをしてはいかが?
国会前で安保法制反対を叫んでいた大学生や全共闘世代の古希世代の方々も同様に? アムネスティさんも同様に?

それにつけても、台湾侵攻か、中共自滅か‥。習近平の個人独裁を打倒し、共青団など、まだマトモ(?)と思われがちな李克強などが次期政権を担っていくのがベターなのかな?

こればっかりは、サッカーに関心がなくて、日本が勝とうがスペインが勝とうがどっちでもいいやと思っているのと違って、やはり反習近平派が勝ったほうがまだマシではないかと思わないでもなし? 李克強が「中国のエリツィン」とまでは思わないが‥‥。

四人組よりは鄧小平がまだマシだったのに似て、五十歩百歩ではあっても、「五十歩」の差はあるから‥‥。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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左右の全体主義(ファシズム&コミュニズム)を等しく批判できる知性を養うためには‥‥。
ホブズボームだけでなくトニー・ジャットもお忘れなく。「屑拾い」するなら公平に幅広くやらなくちゃ!

(2022・11・28・月曜日)

1976年生まれの藤原辰史氏の『歴史の屑拾い』(講談社)を読んだ。

(こんな内容)→歴史をどう語るのか。こぼれ落ちた断片の生が、大きな物語に回収されないように。戦争体験者の言葉、大学生への講義、語り手と叙述……。
研究者である自身に問いかけながらの試行錯誤と、思索を綴るエッセイ



先日読了した岩田温さんの本『日本再建を阻む人々』(かや書房)には、藤原さんの名前は出てこないが、どちらかというと、この人は「日本再建を阻む人々」の側にいる大学の先生かなと思う。彼が書いている朝日新聞の原稿(主に書評)を本欄では詳細に分析し、いささか「容共リベラル」すぎないかという趣旨のことを書いたりもした。著作についても分析したこともある。

今回の本も、歴史問題などに関するエッセイ本。ふむふむ、と思うようなものもあるが、この本でまず目にとまったのが「出会いの歴史学」というエッセイ。

藤原氏は2015年に「自由と平和のための京大有志の会」という組織を立ち上げたという。安保法制制定に反対するために。その集会に89歳の老女(医王滋子さん)がやってきたことなどに触れながらのエッセイ。
その戦争体験のある女性は、特定秘密保護法が成立したことに関して「治安維持法の再来」を感じ、平和安全法制案の強行採決に「また再びの道を歩き出したのか」と恐怖を覚えている人だとのこと。手記『戦争と法』(私家版)も書いたけど、2020年に亡くなったとのこと。
『激動の時代を生きて : 今こそ憲法を守りたい』(医王滋子著 ; 西井美千代編)という本を京都大学人文科学研究所藤原辰史研究室から出してもいるようだ。

ほかにも藤原さんの書いたものを読んで、90代の反戦老人が電話をかけてきて、ちょっとした講演会を催したりもしたそうな。「戦争ができる国」にしないためのちゃぶ台会議--戦後70年、元海軍兵の言葉を聴く」と題して‥。

「戦争ができる国にしない」とか「自由と平和のための有志の会」‥‥。そういうものは日本にはたくさんあるけど、中国や北朝鮮では発足することもできないのはかねがね残念なことだと僕は思っている。藤原さんなども、もっとグローバルな視点をもって、京都に閉じこもるのではなく、中国大使館や大阪領事館や朝鮮総連などに出かけ海外ネットワークを構築するといいのになと読みながら思った(無理な頼み?)。

また、京都大学に手頃な現代史の講座がないということで、「現代史概論--ナチズムを中心に」をたちあげたという。シノバスを拝見すると‥。

(こんな講義の内容)→まず、現代史の捉え方を受講生とともに考える。時代区分、ジャンルなどさまざまな視角から現代史に光をあてる。
 そのあと、現代史の問題をナチスを中心に考える。第一次世界大戦を起点として始まる「現代」は、ドイツにおけるナチズムの歴史のなかで、その矛盾を爆発させたといえる。大衆操作、大量殺戮、生の管理、など、ナチズムを特徴付ける諸現象は、まさに現代の典型的な諸現象である。つまり、ナチズムをみつめることは、現代史の深層をみつめることであり、いま、私たちが生きている時代をみつめることでもある。


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参考図書は、エリック・ホブズボーム 『20世紀の歴史』(三省堂)と木畑洋一 『20世紀の歴史』(岩波書店)の二冊を挙げている‥。ううむ、ホブズボームか‥‥。そのほかの本に関しては「講義中に勧めた本を読む」ようにと書いている。どんな本を薦めるだろうか?

藤原さんの専攻がそちら系だから、ないものねだりになるが、できることなら、岩田温さんを京大の特別准教授などにして『現代史概論--コミュニズムを中心に』というのも並行して開講するといいのになぁと思った。「選択の自由」があるといいよね。

勝田吉太郎さんや野田宣雄氏が京大教授だったころ、どんな講義をしていたかはよくは知らないが‥‥岩田さんなら、その系統に近いのではないだろうか。

それにしてもホブズボームといえば‥‥。
トニー・ジャットは『真実が揺らぐ時 ベルリンの壁崩壊から9・11まで』 (慶應義塾大学出版会)や、『荒廃する世界のなかで――これからの「社会民主主義」を語ろう』(みすず書房)や、『失われた二〇世紀 上』 (NTT出版)などで、ホブズボームを批判していた。

「せいぜい、彼(ホブズボーム)は、共産主義者に対してなされた共産主義者による不正義に遺憾の意を示す程度である」(『失われた二〇世紀 上』)。

ホブズボームなんて所詮そのレベルの歴史学者でしかあるまい。
にもかかわらず、藤原さんが、2021・9・4の朝日新聞の書評欄で、リチャード・エヴァンズの『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生 上下』(岩波書店)の書評を書き、出だしで、以下のように書いているのをマイブログ(2021・9・8・水曜日)で皮肉ったことがあった。
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「世界的歴史家」と何の気兼ねもなく言い表せる人物の評伝である。右派も左派も中道も彼のベストセラー『20世紀の歴史』を読まずに二〇世紀を語ることはほぼ不可能である。そもそも、この人を素通りして近現代史家になろうとする勇敢な人は世界中どこにもいないだろう。「短い二〇世紀」や「伝統の創造」などの彼の概念とともに、私も大学の講義で必ず紹介する歴史家である(彼の書評の引用に関して以下略)。



だが、20世紀の歴史に関しては、ナチズム以上にコミュニズムのもたらした罪科を追及することも肝要だろう。トニー・ジャットの本以外にも『共産主義黒書』(ちくま学芸文庫)なども関連書として薦めているとバランスがとれて、良い講座になると思うが‥‥。それはないものねだりなのかしら? トニー・ジャットは右翼でもなんでもない、オーウェルにも似た社会民主主義者(民主社会主義者)だと思うけど、その歴史観は藤原史観からすると危険思想にあたるのかも?

藤原氏は、日本学術会議の一部メンバーさんのように「特定秘密保護法」がお嫌いなようですが、川端康雄氏の『ジョージ・オーウェル 「人間らしさ」への讃歌』 (岩波新書)を朝日の書評欄(2020・10・3)で取りあげて、藤原氏は、こう書いていた。
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オーウェルの代表作『動物農場』や『一九八四年』で描かれた暗い未来はもう私たちの現在だ、と世界各地で叫ばれて久しい。特定秘密保護法から改正組織的犯罪処罰法までを前政権が成立させてきたこの国も、むろん例外ではない。


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この程度の法律制定で、日本があたかもオーウェルの『1984』の世界になっているかのような筆致はいくらなんでも「煽動」というしかあるまい。だって、そうなっていたら、藤原さんは監獄に入れられているのでは?

繰り返しになるが、2015年7月に「自由と平和のための京大有志の会」という組織を作り、「戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい」「学問は、権力の下僕ではない」などと記した声明書を発表したとのこと。そういう活動が朝日新聞などで大きく報道されて、それを見た反戦主義者である上記の医王さんなどが集ったそうな。

そういう呼びかけに基づいて書かれた絵本、自由と平和のための京大有志の会編(塚本やすし・絵)の『戦争と平和を見つめる絵本 わたしの「やめて」』(朝日新聞出版)も読んでみた。

(こんな内容)→安保法案反対のために京都大学で結成された「自由と平和のための京大有志の会」。その「声明書」がネットでアップされると大きな反響を呼び、賛同者は2000人を超えている。その声明書のこども語訳に、塚本やすしが絵をつけて、親子で戦争と平和、命の重みについて考える絵本を緊急出版。



「くにとくにのけんかをせんそうといいます」
「せんそうは『ぼくがころされないようにさきにころすんだ』というだれかのいいわけではじまります」
「せんそうは ひとごろしのどうぐを うるおみせをもうけさせます」‥‥‥
「げんこつでひとをきずつけてえらそうにいばっているよりも」
「こころをはたらかせてきずつけられたひとをはげましたい」‥‥
「だからせんそうをはじめようとするひとたちにわたしはおおきなこえで『やめて』というんだ」

といったセリフが紙面におどりでて、子供の顔がズラズラとならんでいる感じの絵本ですな。
子供をダシに使っただけの煽動本?
この本が出たのは2015年。

この絵本をもって、ロシア大使館前に行って「ウクライナにミサイルを撃つのはやめて」とか、中国大使館前にもって行って「ウイグル弾圧をやめて」とかやっているんでしょうか?

なにしろ、刑罰システムがあるのに「飲酒運転を『やめて』」と幾ら言っても飲酒運転はなくならないよね。学校でのいじめを「やめて」と言ってもなくならない。

ウクライナ紛争が起きたあとに、こういう本ができたのならまだ気持ちはわかるけど、特定秘密保護法やら安保法制に反対するための書として、こういう本を出したとなると、あまりに底意がミエミエで白々しい感じがする。


たまたま、2022・11・26夜のNHKのニュースを見ていたら、ウクライナ(ヘルソン)の13歳の少年が出ていた。
東日本地震の時、被災地でバケツをもって歩く、ある少年の凛々しい顔写真が話題になったように、ウクライナで解放された地にいる少年のこれまた凛々しいというか、哀しみと怒りのまじった感じの表情の写真が話題になったとかで、その少年へのインタビューが流れていた。

13歳なのでまだ軍人になれないけど、大きくなったら軍人さんになるんだと夢を語っていた。祖国防衛のために戦う気概をもっているんでしょうな。

もちろん、ロシア大使館や中国大使館前に、「やめて」と言いにいくような多様性を持った、本当の意味での平和主義者ならば、その少年の前にも飛んで行って「やめて」ということでしょうな。この少年の前にだけ行って「やめて」と言うような「二枚舌」の怪物(平和運動屋)が日本には多いので注意しましょ?

この絵本ではこんなセリフも出てくる。

「がっこうでまなぶのはひとごろしのどうぐをつくるためじゃない」
「がっこうでまなぶのはおかねもうけのためじゃない」
「がっこうでまなぶのはだれかのいいなりになるためじゃない」


「じぶんやみんなのいのちをだいじにしていつもすきなことをかんがえたりおはなししたりしたい でもせんそうはそれをじゃまするんだ」

「だからせんそうをはじめようとするひとたちにわたしはおおきなこえで『やめて』というんだ」


「がっこうでまなぶのはひとごろしのどうぐをつくるためじゃない」「がっこうでまなぶのはおかねもうけのためじゃない」「がっこうでまなぶのはだれかのいいなりになるためじゃない」といったあたりは、学術会議に対する批判(戦争に関係する研究は一切しないといいながら、但し中共相手は別という二枚舌への批判)を意識してのものでしょうな?

「じぶんやみんなのいのちをだいじに」するために、あえて銃をもって立ち上がることも世の中には必要なこともありうるという現実の厳しさ,矛盾を想像もできない幼稚な精神力の持ち主に迎合するだけのスローガンほど虚しいものはあるまい。

藤原さんのこの本を読んだり、京都大学で講義を聴きながら、ホブズボームを読んだり、この絵本『戦争と平和を見つめる絵本 わたしの「やめて」』を読むなら、それはそれでいいことだと思うけど、彼に推薦されなくてもトニー・ジャットなどの本や絵本ではないけど1952年生まれのサンドラ・カルニエテの『ダンスシューズで雪のシベリアへ あるラトビア人家族の物語』 (新評論・黒沢歩氏訳)も読まれるといいのでは(この本に関しては、訳者解説はイマイチのトンチンカン。その検証はマイブログでやっている)。

左右の全体主義(ファシズム&コミュニズム)に等しく批判的精神を養うことを怠ると、「容共リベラル」になってしまい、それって、知性の喪失(反知性主義者への転落)につながりますよ。僕は、そういう偏った二枚舌の人間にだけはなりたくない。

蛇足ではないが‥‥。「屑拾い」するなら、進歩的文化人の言論と責任を追及した稲垣武さんの『「悪魔祓い」の戦後史』(文藝春秋・PHP研究所)もいいよね。こちらは本当に「屑」というしかない進歩的文化人の虚言・妄言を丹念に拾い集めた本ともいえる。日本の戦後史・言論空間を知る上で必読の一冊だろう。
藤原さんの『歴史の屑拾い』と稲垣武さんの『「悪魔祓い」の戦後史』を両方ひもとくとバランスのいい現代史感覚を養えるのではないか? 僕は両方読みました! みなさんもいかが?

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♪高円寺(古書会館)は、今日も騒音古本市だった? 和洋会主催古本市は?
「言論の自由」も「歩行の自由」も「ヤジる自由」も「エロ本読む自由」も「喫煙する自由」も、なんでもかんでも自由とはいくまいに‥‥。節度も必要でしょ!

(2022・11・27・日曜日)



「書類の整理」に追われる日々だが、昨日(土曜日)はとりあえず古本市へ。まずは五反田古書会館へ。アール・メーゾ&スチーブン・ヘスの『ニクソン  政治家としての横顔』(時事新書)、菊地昌典氏の『体験的社会主義論』(毎日新聞社)をゲット。もっているかのような?でも、どっちも200円だから(税込)。

東京古書会館は金曜日に行った知人によると、入口にCDプレイヤーはあったけど、たまたまかもしれないが、作動していなくて静かだったとのこと(少なくとも知人が小一時間、会場にいた間は)。ただし、そのあと、再生されていたかもしれないとのこと。少なくともCDプレーヤーが入口にあったのだから。
ということで、金曜にせよ、時間帯によっては騒音古本市だったかもしれないし、土曜日もその可能性はゼロではあるまい。
たまたま知人が、竹内好氏の『転形期  戦後日記抄』(創樹社)を買っていてくれたというので、行かなくていいかなと。この本、図書館にある本だけど‥‥。

五反田のあとは、高円寺古書会館へ。着いたとたん、広場では古本市関係者が3人もプカプカやっているのに遭遇。臭くてとても広場にはいられない。福島原発爆発直後の5キロ圏内並みの酷さ。会場内に入れば、最近は静かめだったパソコンからYouTubeの煩い音楽がそこそこの高音で垂れ流し。やれやれ、サイテー最悪に近い古本市でした。五反田の古書会館の古本市は静かなのに‥。主催者の知的レベルの差かな?

佐藤洋二郎氏の『父の恋人』(ベネッセコーポレーション)、林家正蔵氏(瀧口雅仁氏編)の『八代目正蔵戦中日記』(中公文庫)、田中慶子氏の『不登校の女子高校生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(祥伝社黄金文庫)をゲット。

そのほか、『共産主義黒書』(ちくま学芸文庫)に対抗して出したのか、『資本主義黒書-市場経済との訣別 上下』(新曜社)という分厚い本があったので手にした。パラパラとめくってみるのだが‥‥。索引をみると、オーウェルなどにも言及しているようだ。面白いかな? どういう視点から書いているのかな‥とチェックしようと思うのだが、パソコンから流れてくる煩いBGMのために、頭にスンナリ入らない。ええい、もういいやと本を棚に戻したあるよ。


(ちなみにこんな内容)→上巻→中世の人々は、いまでは想像もできないような豊かな生活をしていたという。社会主義・共産主義が崩壊し、資本主義が世界を覆い尽くそうとしている今、その歴史を総点検し、「資本主義はわれわれをどこへ連れて行こうとしているのか」を根底から問いなおす。

下巻→市場経済が導入されてからの歴史をたどり、約束された「豊かな社会」の実態がついに明らかになった! これでもわれわれは資本主義にこだわるのか?市場経済の終末=地獄絵図を活写。


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余計なBGMを流して、客に不快な思いをさせて、さらには売り上げ低下。こんなことをするようでは、賢明な商売人とは呼べまい。読書するのに、聞きたくもない音楽を無理やり強制的に聴かされることぐらい不愉快なことはあるまい。古本屋をやっていて、そんなことも理解できないとは?
『資本主義黒書』は、図書館でも置いてあるところもあるようだ。借りて読めばいいか‥‥。

ということで、三冊800円(税込)。買ってさっさと退去。せめてもの抵抗に、一万円冊を出してもよかったのだが、千円札にて精算。それにしてもレシートもよこさない。ちゃんと税務署に売り上げを正直に申告しているのだろうか? いまどき、どこの店に行っても、レシートをよこすものだが。騒音に関しては、互角の勝負のブックオフだってレシートはちゃんとくれるよね。そういえば、五反田もくれなかったかな?
殿様商法と言われるゆえんですかな?
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高円寺から仕事場に戻り、少しゴソゴソ。

ついでに朝日新聞の書評欄をみたら、朝日の社員(宮地ゆう氏)が北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班の『ヤジと民主主義』(ころから)を激賞していた。

こんな風に‥‥‥‥‥‥‥

あの映像を覚えている人は多いのではないか。
 2019年7月、札幌市で街頭演説をしていた安倍晋三首相(当時)に対してヤジを飛ばした男性を、私服や制服の警察官が引きずるように移動させていく。別の場所から「増税反対」と叫んだ女性も、警察官に両脇を抱えられてどこかへ連れて行かれた。
 札幌地裁は今年3月、排除された2人の「表現の自由が侵害された」として、北海道に慰謝料の支払いを命じる判決を出した。道は控訴し、裁判は続いている。
 本書はこの「ヤジ排除問題」を追った記者たちのドキュメントだ。
 当初は居合わせた人たちも、メディアの反応も薄かった。だが、取材によってこの日少なくとも9人が警察に排除されていたことが判明する。年金制度への批判などを書いたプラカードを掲げただけで警察に制止されたり、取り囲まれたりした人たちもいたという。しかも、似たような出来事は、他県でも起きていた。
 「ヤジは迷惑だ」という声もある。だが街頭演説はめったに会えない政治家に意見するわずかな機会だ。
 読みながら米国の選挙取材を思い出した。プラカードを掲げ政治家や政策への賛否を叫ぶだけでなく、政治家に詰め寄って批判する人もいた。自分たちを代表する政治家に意見するのは当然との認識がある。銃社会でもこうした権利を守る方策は見いだされてきた。
 著者たちは、警察が演説会での政府批判を取り締まった戦前との共通点を指摘し、ヤジの排除が当たり前になった社会はどんなものかと問いかける。同時に、記者クラブやメディア間の壁など、メディアの側の問題にも触れ、その中に身を置く葛藤も描いている。
 本書は東京都内の小さな出版社の熱意で世に出たという。札幌の街頭で声を上げた人たち、報じた記者、そして出版社。小さな声がつながり、かろうじて守られているもの大きさを感じずにはいられない一冊だ。


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まぁ、右であれ、左であれ、真ん中であれ、ヤジにも一定の常識というか良識というかが求められることもあるだろう。安倍批判の映像は秋葉原でのをみた記憶はあるが、北海道はちょっと記憶がない。秋葉原のは、ちょっとえげつないような印象を持った記憶がある。

以下、一般論だが、安倍首相に対して野次る権利を主張する人に限って、左寄りの政治家が演説している時に、右派系「市民団体」が執拗に大声で野次った時には、取締りを要求するような「二枚舌」になる恐れがあるのではないかな?
国会のヤジだって、笑いをさそう時もあるが、時には顰蹙をかって懲罰されることもあったのでは? 首相であれ、議員であれ、答弁なり喋っているのを妨害するかのように野次ることは「言論の自由」以前のマナーやモラルの問題で、その是非が取り上げられることがあり、それ自体は、言論の自由の弾圧とは異なる次元であろう。

言論の自由とは、自分が聞きたくない言論に対して、それが発せられている時に、妨害するような行為を意味するわけではないだろう。新宿御苑前と新宿三丁目の間にある韓国文化センターかなにかの施設前で、右寄りの人たちが韓国批判の抗議集会をしているのに出くわしたことがあるが、その抗議の仕方として、内容以前に音量の酷さにまず閉口した記憶がある。煩すぎる!
内容以前に騒音防止条例で取り締まるべき酷さだったと思う。

この前、中共の党大会の前に、ただ、抗議めいた主張の垂れ幕を掲げただけで逮捕された人がいたよね。日本では普通、こんなことで逮捕されることはないだろう。もしあったら、それこそ言論の自由の弾圧だろう。しかし、こういうヤジり倒す人たちのふるまいは、自らそれ(逮捕?)を期待しているのではないかと邪推もしたくなる?

横断歩道をわたっていて青信号だからということで、スタスタと歩かず、わざと歩道の途中でとまって、横断歩道を横切ろうとする車のスムースな進行の妨害をするような歩行者がいたら‥‥。注意をしても‥。私は青信号の間、歩道にいて何が悪いと開き直られたら‥‥。立ち止まらないでさっさと渡ってくださいと、そういう横着な歩行者の手を引っ張ったりしたら、「言論の自由」ならぬ「歩行の自由」を妨害する不当行為だとして、裁判沙汰になって勝訴するんでしょうか?そういうふるまいってちょっとヘンでは?

17歳の高校生が、自分には「表現の自由」があるんだといって、お酒やタバコのコマーシャルに起用されたいと喚いても認められないだろう。

中共の党大会の前に、北京でこんな発言というか垂れ幕を出してすぐに逮捕拘束された人がいたよね。
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「独裁国賊習近平を罷免せよ」
「PCR検査は不要、ご飯が必要」
「ロックダウン(都市封鎖)は不要、自由が必要」
「文革(文化大革命)は不要、改革が必要」
「領袖は不要、投票用紙が必要」

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安倍辞めろ、増税反対----を叫ぶのはまったく自由。普通にデモでいくらでも叫んでいるじゃない。10年ぐらい前だったか、2013年5月1日に、京都の古本屋を廻っていた時、たまたまメーデー近くだったか、左翼組合が戦争反対とか、いろいろとスローガンを叫びながらデモをしていたのに出くわしたことがある。うるさかったけどガマンした。スローガンの中に、日本の軍事化を助長するような北朝鮮は挑発行為をやめろなんてのは一言もなかったけど?

より正確に言うと、こんな感じ。当時のブログにこう書いていた。
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京都市役所近くのユニ-クな新刊屋三月書房に久しぶりに寄って、店内をブラブラしていると、ちょうどデモ行進が長々とあった。あぁ、今日はメイディ-。連合系は早めに集会をすませていたが、共産系は本家ソ連の伝統にのっとって、5・1にやるのだろう。同じ声で同じスローガンを連呼していく。TPP反対、大飯(原発)は要らない、日米安保も要らない、米軍基地も要らない、核兵器なくそう…とか。
天皇制も要らないとか、北朝鮮の核と拉致は許さないとか、そういう連呼はなぜかない? まぁ,京都は共産主義者の多い地域。古本屋ツアーで、シーラカンス的な共産主義者の実態を垣間見ることもできて何より? こんな反体制デモ、中国や北朝鮮では開けないんだから、日本って本当にいい国?


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でも、選挙運動をしている際に、候補者たちが普通に主張を展開している時に、嫌がらせのように大声で野次るのは、ほどほどにするぐらいの常識があってもいいんじゃないのかな?
言論の自由云々とはちょっと異なる、人間としての節度の問題じゃないのかな。

日本共産党などの候補者が演説をしている時に、右派系の「市民」が徒党を組んで大声で「人殺し共産党」「網走を忘れたか」「ソ連の核実験に賛成していただろう」「北朝鮮と朝鮮総連と離婚したのか」など、騒ぎたてたらどうするの? コイケさんでなくても「こんな人たちに負けられない!」って叫ぶのでは?

朝日の書評した人は、この本の書評の見出しに「批判する権利、奪われぬために」と題しているけど、選挙運動中の執拗なヤジをする自由と、中国での上記の行為とは、似て非なるものに思えてならない。「批判する権利、奪われぬために」という言葉は、中国の人にこそ、相応しいものがあるのでは。また、政府自民党のみならず、野党への「批判する権利、奪われぬために」、そういう騒音がなりたてる「ヤジ行為」も一切認めるのは、いかがなものか?

品性なき自由の主張‥。ちょっと見苦しいよね。

ポルノ小説を読む自由、ヌード写真を鑑賞する自由‥。もちろんあるけど、フランス書院文庫のあのカバーをそのままにして、電車の中で読んだりするのはいかがなものかな。満員電車で美人妻や若い女子高校生の向かいに立っている中年男性が、御前零士氏の『人妻満員電車【もう触らないで】』 (フランス書院文庫) や倉田稼頭鬼氏の『痴漢通学―隣りの女子高生』 (フランス書院文庫)なんかを手にして「おもしろいな、この本。こんなことを、やってみたいな」と、ニヤニヤとつぶやきながら女子高校生や人妻をチラチラ眺めながら読んでいたら、どうします? それも「言論の自由」?

喫煙する自由も、受動喫煙の制限が当然という社会認識が定着しつつある。人のいない自宅で吸う権利は保障されている。歩行喫煙、路上喫煙が取締の対象になるのは、「喫煙の自由」以前のマナーモラルの問題だろう。

言論の自由も、時には制限されることもありうるというのは、常識だろう。その兼ね合いはもちろん注意する必要があるが、品のなさすぎるヤジは国会内でも制限されて当然とみなされているが‥‥。

ともあれ、フランスの思想家、ジャン=フランソワ・ルヴェル(Jean-François Revel、1924年1月19日 - 2006年4月30日)が、もし生きていたら…。こういう書評をどう評したか?
彼は『民主主義国の終焉 宿命の東西対立』(芸艸堂)でこう書いていた。


「我々が習慣的に西側と呼んでいる社会では、我々が毎日経験している、あの倒錯した状況に帰着することになる」
「すなわち、民主主義を破壊しようとする者が正当な権利要求のために戦っているように見え、一方、民主主義を擁護しようとする者が反動的な抑圧の張本人のように見られる、という状況である。民主主義の内外の敵対者を正当な進歩的勢力と、それどころか[平和]の勢力と同一視することが、自分たちの制度を守ることしか望んでいない人々の行動の信用を失わせたり、麻痺させたりするのである」

「共産主義者は、国民感情のような根深い感情や、人種差別反対闘争のような人道主義の主張を利用して、それを全体主義の拡張に役立つ戦いの道具に変えることにすぐれている。そのくせ彼ら自身は、一たび権力を得るや、自分の支配する国の国家としての独立も人権も尊重しないのだ」


ルヴェルさんのおっしゃる通り! 本当の意味での「民主主義」を擁護していきたい。朝日的偽善の「戦後民主主義」はゴメンですね。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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NHKと朝日新聞と池上彰さんだけがいいたいことを自由に言える時代はもう終わりつつある。「日本再建を阻む人々」と「再建を試みる人々」との知的格差とは
(2022・11・26・土曜日)


1983年生まれの岩田温氏の『日本再建を阻む人々  奇怪な言説の主を名指しで糾す』(かや書房)を読んだ。

(こんな内容)→テロリストや侵略者までをも擁護!?政治家、評論家、マスメディア……。
日本の自称「リベラル」は偽善者集団だ!気鋭の政治学者が彼らの正体を晒す。


数年前に刊行された『平和の敵 偽りの立憲主義』(並木書房)、『偽善者の見破り方 リベラル・メディアの「おかしな議論」を斬る』(イーストプレス)、『「リベラル」という病 奇怪すぎる日本型反知性主義』(彩図社)の続篇のような本だ。

安倍晋三元首相暗殺やウクライナ戦争や学術会議問題などに関して、いささかトンチンカンな言説をする学者や文化人などを俎上にのせている。とりわけその発信の源である「朝日新聞的価値観」への鋭い批判の数々には同感。甲子園を目指す高校生のあまりにも不勉強な実態も、大学教師だった時代の教え子との体験に基づいて具体的に検証している。
また、福田恆存さんが高校時代、英語の教師をしていて、白紙答案を出した野球部の生徒に落第点をつけたりしたことなどから校長と対立し、のちに辞職したことがあったという。

医学部入試で、男女差別があるとか大騒ぎしていたが、特定スポーツができる生徒を特別扱いしたりゲタをはかせる行為とて問題だろう(まぁ、最近は、スポーツ特待生とか、推薦合格とか、あの手この手でそういう学科の点数の足りなさを微調整する「制度」ができているようで、そういうのは、朝日新聞もあまり問題にしないのかな?)。

僕は勉強もたいしてできず、運動神経も悪かったけど、世の中のマスコミなどが、「ガリ勉」は批判しても、「ガリスポ」は批判しないのは奇怪しいと思っていた。また、岩田さんも指摘していたが、真夏の昼間の甲子園なんか、プロ野球でもしない野球をやっているのだし、球場を借りたりしないのに、未成年の高校生の甲子園大会で利用してもらい球場所有者はウハウハだろうが、朝日もNHKもその点はほとんど批判しない。所有者から賄賂(お中元)をもらっていないか?

普通なら未成年者を酷使する大会、なぜ、早朝とナイトゲームだけにしないのか、昼間の40度近いグラウンドでの運動の強制は、国連からも批判されている‥といった長文のルポや特集があって当然ではないか。人権団体は、国連に訴えて、真夏の青空球技は即刻中止せよと騒ぐべきなのにしていない? 朝日新聞からお中元をもらっているのかな?

岩田氏もこう指摘している。

「朝日新聞に問いたい。猛暑のなか、熱中症でスポーツをすることが危険だと承知しながら、甲子園を続けるのはなぜなのだ。あなたたちは単なる取材者ではない。甲子園の主催者なのだ。自分たちの手で、こうした危険なイベントを中止することが可能ではないか。なぜ、傍観者を決め込んで、黙っているのだ。結局、高校生の生命、その後の人生など、目先の金銭に比べれば、どうでもいいと言うことなのか」

よく、企業の不始末など、内部告発をすすめたり、不祥事を告発できない従順な体質を上から目線で批判する朝日新聞なのに、ご自身の矛盾に関しては、黙認、黙過、無関心を決め込んでいるようだ。そもそも甲子園大会の開会式では国歌斉唱、国旗掲揚をしている。生中継を見ている人は、それを知っているけど、ニュースでしか開会式などをみない人は、朝日主催なのに、そういうことをやっているシーンをなぜかNHKなどは報じない(と思う)。
「お二人」は連帯して「矛盾」を隠蔽しようと必死なのだろう。

だが、NHKと朝日新聞と池上彰さんだけがいいたいことを自由に言える時代はもう終わりつつある。いままではマスコミの活字だけでしかそういう矛盾をつけなかったけど、いまは岩田さんのような一人のユーチューバーが、そういう矛盾を電波を通じて告発することも可能になったのだから。そのあたりは、岩田さんの近著『政治学者、ユーチューバーになる』(ワック)でも詳述されている。

そのほか、平和安全法制の制定などによって集団的自衛権の行使がかなりできるようになったことに関して、安倍元首相のリーダーシップを評価もしている。それに対する朝日などの反対論も一蹴しているが、同感だ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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