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「葬式消滅」「コロナ」の時代に、榎本昌治氏のような“文壇冠婚葬祭係”なんてまだいるのだろうか?
(2022・10・3・月曜日)






榎本昌治氏の『パーティー・葬儀で男をあげる本』(ぱるす出版)を読んだ。この前面白く読んだ向井透史氏の『早稲田古本劇場』(本の雑誌社)で紹介されていたので入手した次第。

(こんな内容)→パーティーや葬儀も、人に通じてこそうまくゆく。うまく取り仕切れば、男があがるというものである。“文壇冠婚葬祭係”といわれた著者の、豊富な体験談を下敷きにした、人間くさいパーティー・葬儀のノウハウ満載の書。

著者は…。一応というと語弊があるが、講談社の社員。編集者だったそうな。しかし冠婚葬祭を仕切ることが多くなり、いつのまにか有名作家本人やその妻が亡くなったりした時の葬式の裏方を務めたりするようになる。

本書冒頭ではまだ無名だった安倍穣二さんの『塀の中の懲りない面々』(文藝春秋)の出版記念会を仕切ることになり、そんなパーテイや葬儀を滞りなく、スムースに始めさせ、うまく終わらせるためのノウハウが綴られている。金銭簿も詳述されている。
パーティだと、ハガキを出す相手は、何割がパーティに来てくれるか、予算は、持ち込みは……等々。葬式に関しても、かなり頁数をさいている。三島由紀夫の葬儀にも関与したそうな。
いわゆるハウツー本でもあるのだが、彼が実際に担った葬儀や祝賀パーティなどが有名作家のものが多く、そのあたりが、文学的エッセイとしても読めるのがミソかな。

どっかで聞いた名前かと思ったが、平山周吉さんの『江藤淳は甦える』(新潮社)にも「文壇葬儀係と言われた講談社の榎本昌治」として出てくる。江藤淳の父親の江頭隆が亡くなった時、講談社の「現代」編集部の関山一郎氏に、江藤氏が、明治神宮で父の葬儀をしたいと相談した際、榎本さんがいろいろと動いたそうな(明治神宮は明治天皇のみをおまつりしているとのことでことわられたそうな)。

あぁ、そういえば……。江藤淳さんの奥さんが亡くなった時の葬儀はたしか、鎌倉のご自宅で営んだかと。手伝いに出かけて、最後に君たちもご焼香をと言われて(いや、神式だから、焼香ではなくて……)ラストに仏前、いやナントカの前に行ったら、江藤さんがやつれた感じで、足元に毛布をかぶせて(寒い日だったかな?)、我々に対峙するような形で椅子に座っていたかと…。
僕は、結婚式は神前でやったけど、一応、仏教式の葬儀しかしたことがなく……。一緒に手伝っていた講談社の人は、神式風に手と手を打って(?)ちゃんと神式でやっていたみたいだが……。僕はそもそも手をあわせての一礼しかしないので、適当にそうした記憶しかない。

そういえば、今年も文壇論壇でも大物がなくなりましたな。石原慎太郎さん…。石原さんは小説家というより政治家か…。でも最近はそういう有名人も葬儀は家族による密葬などですませることが増えたみたい(その分、お別れ会や偲ぶ会として、後日「パーティ」(?)が開催されるようだが……)。

還暦も過ぎると、人の葬式に出るより、自分の準備をする必要がある? その点で、参考になったのが、島田裕巳氏の『葬式消滅 お墓も戒名もいらない』(株式会社G.B)。

(こんな内容)→自然葬、海洋葬を実際に行ない、葬送の自由を進めてきた著者が、現在、そしてこれからの葬儀のカタチを紹介。直葬(じきそう/ちょくそう)などの登場でお葬式はますます簡素で小さくなってきました。見送る遺族はお骨を持ち帰らないという葬儀もいよいよ出現。高額な戒名も不要、お墓も不要となってきた新しい時代のお見送りの作法や供養の方法などこれからの時代を見据えた情報を宗教学者が教えます。『0葬』、『葬式は要らない』と葬送に変化を与えたヒット本に続く葬送の在り方を考える第三弾が本書です。
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『自然葬のススメ』(徳間書店)、『葬式は、要らない』(幻冬舎)、『人間革命の読み方』(KKベストセラーズ)、『宗教は嘘だらけ』(朝日新聞出版)などの著作がある宗教学者ならではの一冊。

ご自身も母親の葬儀は直葬でやったそうな。この本では、日本の葬儀の歴史などについてもウンチクを綴っている。戦前は土葬も多かったのに昨今は火葬がほぼ百パーセント。また近隣の人々による葬儀手伝いがあったのに、いまは葬儀会社任せ。その葬儀会社の割高を嫌って、密葬ならぬ家族・家庭葬や直葬も増えつつある社会意識の変動についても論じている。詳しい読後感は後日また……。


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武村正義さんは国賊政治家だったか?
『聞き書き武村正義回顧録』を読めば、彼の政治家としての力量が理解されよう!

(2022・10・2・日曜日)


昨夜(2022・10・1)は、ナイトゲーム(野球・ホークス戦)をみていたのだが…。柳田の同点ホームランが出た時は快哉を叫びつつ、あのラストシーンは心配になってチャンネルを替えて正解だった。すぐに就寝。きょうは、これから千葉マリンに行く?

朝起きてヤフーのニュースを見たら、政治家の武村正義さんが亡くなったとのこと。享年88。
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武村正義さん死去 元新党さきがけ代表、非自民連立政権で官房長官
10/1(土) 22:14配信 朝日新聞デジタル

 1993年の非自民連立による細川政権誕生の立役者で、新党さきがけ代表として官房長官や蔵相を歴任し、滋賀県知事も務めた武村正義(たけむら・まさよし)さんが9月28日、死去した。88歳だった。
 東大卒業後の62年、旧自治省に入省。郷里の滋賀県八日市市長を経て、74年に滋賀県知事に就任。全国で初めて自ら資産公開を実施。「環境主義」を掲げ、有リン合成洗剤の使用禁止などを定めた「琵琶湖富栄養化防止条例」を制定するなど、先駆的な政策を打ち出して注目を集めた。
 86年の衆院選で滋賀全県区から初当選。後藤田正晴氏らに師事し、自民党政治改革本部事務局長を務めるなど政治改革論議を主導。93年に自民党を離党し、鳩山由紀夫氏らと新党さきがけを結成した。知事仲間で親交が深かった日本新党の細川護熙代表を首班とする非自民連立政権に加わり、官房長官に就任。小選挙区比例代表並立制の導入などの改革実現に努めた。
 しかし、細川政権では小沢一郎・新生党代表幹事と政権運営をめぐって対立。政権崩壊後の94年6月には自民、社会、さきがけ3党連立にかじを切り、村山内閣の蔵相に就いた。

 「小さくともキラリと光る国」というキャッチフレーズを掲げ、当時、小沢氏が唱えた「普通の国」に対抗。少数政党を率い、当選回数が少ない割に有力ポストを相次いで務めたことから「バルカン政治家」との批判も浴びた。風貌(ふうぼう)から「ムーミンパパ」とも呼ばれた。
 96年の旧民主党結党時には、鳩山氏から入党を拒まれ、「排除の論理」という流行語を生んだ。2000年の衆院選で落選し、01年に政界引退を表明した。


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政治家は毀誉褒貶はあるものだが、この人の岩波書店から出た自叙伝の内容はひどかった。よくもまぁ、こんな知的レベルの低い本を岩波ともあろうものが出したものだと唖然としたものだ。
なにせ、官僚のメモを手にしてやれば、大臣なんてちょろいものですよといった「放言」の数々。さきがけ結党の時は、テレビで皇室関連モノを目にしたので、社会党との違いを示すために、ちょっと皇室尊重を付加したとか……。
信念なき、杜撰なトンデモ政治家だったというしかない。リベラル以前の唾棄すべき政治家だったと僕は思う。死人に鞭を打つつもりはないが……。

生前に本欄でも指摘した、11年前のブックレビューを再録する。これを読んでいただければ、この武村さんは河野洋平さんと並ぶ国賊政治家であったと判断する人も出てくるかもしれない。
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2011.05.30 武村正義氏の「回顧録」の驚くべき内容


以前、細川護熙氏の『内訟録 細川護熙総理大臣日記』 (日本経済新聞出版社・伊集院敦氏構成)を読んだ。それほど深みがある内容の日記とは感じなかった。長期政権を担った佐藤栄作氏程度の政治家であっても、朝日新聞社から刊行されていたその日記は表面的な記述が多くあまり面白くなかったという記憶がある(あの「密約外交」の忍者・若泉敬氏の名前は出てきても、具体的な指示などが書かれていたわけでもなし)。況んや短期政権で元祖丸投げ、投げ捨て総理では……。
 佐藤栄作氏の日記も週末は鎌倉の別荘に出掛けてゴルフ三昧云々の記述が多かった(もちろんゴルフしながらいろいろと密談してもその内容は日記に記さなかっただけかもしれないが)。
 細川さんはもっぱらテニス。日記も誰と会ったとかそんなメモ的記述がほとんど。本なんかほとんど読んでいないようだ。正月休みは少し時間があったのか、ヒルティやニクソンの僕も読んだ覚えのある本などがちょこっと出てくるが、その程度。

 日記だけではもたないと出版元も考えたのか、当時の首相官邸の動向(一日)などを下に載せたり、当時の政府関係者たちのコメントをあちこちに挿入して、史実関係を補強したりしている。
 韓国の金泳三大統領との会談では、「ユニーク」な歴史観から謝罪を述べたりしたことを喜々として書き残している。金大統領側のコメントとしては、もちろんそうした謝罪的なことは歓迎しつつも、当時北朝鮮に日本からお金がかなり流れていたことに懸念を表明し、「私は、日本は本当におかしな国だと思いました。何のために、共産主義者にそんなことをするのか、と」。

 圧巻は中国首脳との会談前の記述(九四年三月)。天安門の記憶もまだ根強く、米中関係でも人権問題が注視されていた時期。日中首脳会談では向こうから「公式会談ではこれ(人権問題)を提起することは何としても取り止めて欲しき旨申し入れあり」と。「先方がそこまで嫌というものを強行することは、感情的シコリとなり、訪中全体の雰囲気を悪くすること必定と思料、依って人権問題は首脳会談ではなく、晩餐会の席上で述ぶこととす」としたと書く。
 殺人者李鵬首相とはトキ保存について協力を求め、相手の嫌がることを言わなかったおかげかどうかは別にして、積極的に協力する旨の回答を得たとも記している。
 新潟のトキ程度のために、多くの中国内の人権被害者を見捨てるようなことをしたわけだ。かつての日本軍の蛮行を侵略戦争だと批判し反省するならば、同じことを、いやそれ以上の蛮行を行なっている中共に対しても批判的視点を持たないと矛盾ではないか。そうした矛盾を矛盾と感じるだけの知性は持ちたいものだ。
 「国民福祉税」をめぐる抗争など、政権末期の状況に関してはあっさりとしか書かれていない。物足りない。
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 その点、細川さんの盟友であった(?)さきがけの武村氏が出した『聞き書き武村正義回顧録』 (岩波書店・御厨貴氏&牧原出氏編)はちょっと面白いものがある。といっても感動するとかという意味ではない。「国防にはあまり興味がない」(95ページ)と公言する人でもあるから多くのものを期待はできない?

 本書はオーラルヒストリー的に滋賀県知事から自民党代議士、脱党し新党さきがけ結成、細川連立政権の官房長官就任、自民党・社会党との連立政権樹立、大蔵大臣就任、落選、引退…の歩みを二人の政治学者による聞き書き構成でまとめたものだ。武村氏にはすでに回顧録もあるようだ。そちらは未読。

衆議院選挙に出馬した時は未公認だったが終盤当選しそうだということで投票日直前になって追加公認。めでたく「公認候補」として当選。竹下幹事長に挨拶に行くと3000万円の公認料を後払いしてもらう。安倍派入り(安倍晋太郎)ということでそこでも2000万円。他の派閥にも挨拶に行くと100万から200万円はもらえたとのこと。盆暮れにも数百万単位のお金が補填される。

こういうのはよくないと思うようになってユートピア政治研究会なるものを結成して政治資金の透明化や金のかからない選挙ということで小選挙区制度などの研究を進めていくことになる。その研究会にはあの「子供手当」の鳩山さんなども入っていたのだから、今にして思うとお笑い種? そうした動きに理解を示していた後藤田正晴氏にしても最初に参議院選挙に出馬した時には旧来の公認候補を追放し金権選挙を行ない、落選するは逮捕者続出と散々だった。人間、成長したり転向したり心を入れ換えたり、堕落したり、不変だったりするが……。皆さんはどのタイプだったのだろうか?
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金丸信と社会党との訪朝団のメンバーとして北朝鮮に行き、あの戦後補償などトンデモない外交を展開もしてしまう。本書によるとワルイのは金丸で暴走するのを停めようと自分は躍起だったという(本当か?)。知事時代にも訪朝したことがあって金日成に何度か会ったこともあったそうな。訪朝時の金日成礼賛の言葉もどこか別の本で読んだ記憶があるが今は手元にない。
そのため、偉くなってから訪米した時、ゴア(副大統領)やペリー(国防長官)やウールジー(CIA長官)が会いたいということで会うと北朝鮮のことを根掘り葉掘り聞かれたそうな。当時のアメリカも藁にもすがる思いだったのだろう。

自民党を脱党しさきがけを作る時の政治理念の中に、護憲などを入れリベラル色濃厚なのに、皇室尊重が入っていたのだが、この尊重は「誰が入れたのかな」「皇太子が結婚されて、古めかしい服装で馬車に乗って皇居から出たり入ったりされている映像がニュースで流れていましたので、ものすごく美しいという印象がみんなに残っていた」から「日本文化の議論をしているときに、その象徴として皇室を入れようということになりました。これで締まるし、社会党と違うということもこれではっきりする」「革新ではないぞ、ということですね」と。その程度の発案でしかなかったのだ。安易!

細川氏の先の日記本で武村氏が官房長官や首相になりたがっていた云々の記述があることに反論を展開もしている。真偽は? もはや、どうでもいいけど。

官房長官になって機密費の取り扱いやら閣議の進行ノウハウやらいろいろと出てくる。
その後、小沢一郎との対立、日本新党との仲違いなどあって、自民社会さきがけ連立政権ができる。大蔵大臣をやってほしいといわれ「私自身はさきがけのためには、外務大臣のほうが怪我がなくていいなあと思いました。昔から外務大臣というのは普通にやっていれば、一番楽とは言わないけれど、外務省が書いた原稿をきちんと頭に置いて、外国の要人と会って握手していれば、それでけっこう支持や人気が上がりますからね。マイナスの少ないポストなんだと思っていた」と。
この時代錯誤な認識には驚嘆慨嘆するしかない。なんという政治家なのだろうか? 「国防にはあまり興味がない」(95ページ)と公言する人だから、外交にもあまり興味はないだろうに。そのくせ大臣やるなら外務大臣の方がラクそうとは。

結局大蔵大臣になるのだが、心配することはなかった? こちらも楽ちん。というのも以下の通りだから。

「(サミットに行く前にも)丁寧にレクチャーを受けます」「大蔵省でも受けているし、飛行機の中でもまた受ける。会談が始まる前にまた新しいことがあれば追加して受けます。そういう説明を聞いて理解する能力さえあれば、本当に表面の外交というのは楽な仕事なんですね。最初の会議で、一回目の発言はこういうことを言ってください、と書いてある。それを読んでいるのも恰好悪いから、紙は置いて、半分視線を上げながらしゃべる。半分ぐらい記憶しておけばいい。慣れてきたら、自前でしゃべれます。そうしたら同時通訳をしてくれますから、その程度の慣れは、すぐマスターできます」

「大蔵大臣にもけっこう外交はありました。大臣室で『やあやあ』と初対面の握手をして、そこをテレビなどは映しますね。そこは慣れた恰好で、あまり腰を曲げないで握手をして、ニコニコして、それが済んだら『どうぞ』と言って奥の部屋に入って、そこで会談が始まるけれど、そこには両方とも紙が置いてあるし、見ようが見まいが、それを置きながらしゃべるわけだから、そんなに苦しい仕事ではないんですね。全部とは言いませんが、多くのものはそうですね」と。


本書聞き書きの圧巻だ?  菅直人総理もそうした「紙」を見ながら、尖閣の後、中国政府のお偉方とやっとのことで「会談」したことがあったが、「正式」のものではなかったのでその一部始終(メモの棒読み)をカメラに写され失笑されたことがあったと記憶しているが、あれが通例なのだ。

少々無能でもお役人の「メモ」があれば大臣、総理職も遂行可能なのだ。その裏舞台をざっくばらんにあっけらかんと告白している本書は、きわめて貴重な証言録として今後も政界を目指す若人のバイブルとなるであろう?(反面教師、反面教材として活用してほしいものだが)。

法務大臣職は楽ですよ、「個別の事案についてはお答えを差し控えます」「法と証拠に基づいて適切にやっている」と言えば国会答弁はノープロブレムと豪語した柳田稔法務大臣もぜひ回顧録を書いて裏舞台を公表してほしいものだ。

それにつけても阪神大震災の時も与党だったのに、そしてさきがけの中では例外的に優秀だった神戸選出の国会議員・高見裕一氏 (『官邸応答せよ』朝日新書の著者)が、午前6時半ぐらいの段階で武村氏に「大変です」「家はほとんど壊れているし、悲鳴を上げ、泣き叫んでいる人がたくさんいるので、いま救済活動をしています」との電話もかけてきているのに、「テレビを見ている限り、全国情報としてはのんびりしたもの」で午前中は武村氏ものんびり。「大きい地震らしいということで、午前中に臨時閣議も開きましたが、閣議を開いても具体的に締まった話題がないんですね」「官邸にも全然情報が入っていない」「そして夕方になって…」と。
なんというテイタラク。信頼すべき自党の議員から現場の悲惨な情報を得ているのに何で機敏に動かなかったのか? 情けないにもホドがあるではないか。官邸応答に反応せずだったのだ。

「翌日の朝には現地に飛びました」というが…。村山首相も同様で自衛隊の出動は遅れ、米軍の支援は拒否し…。もはやいうこともない。こんな情報感覚の人が内閣の要職にあった日本の不幸!

タヒチの核実験(フランス)に抗議するために現地にまで出かけたことは嬉々としてしゃべっているが、ほぼ同時期に行なわれた中共の核実験にはそうした行動力は発揮していない。そうした二枚舌に関する「聞き書き」がないのも残念。聞き手の度量不足か?(以上再録)
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ところで、朴日粉氏編の『明日に向って 日本人のみた素顔の朝鮮と金日成主席』 (彩流社)という本がある。歴史の教訓から学ばない人々のオンパレードの本だ。左翼全体主義と闘う気概もなく、全体主義に迎合し賛美する日本人学者や政治家がこんなに居た事実を再確認するためにのみ有意義な本である。刊行は一九八七年。

登場する日本人は関寛治氏、西川潤氏、美濃部亮吉氏、左幸子氏、小倉武一氏、久野忠治氏、宇都宮徳馬氏、武者小路公房氏、小田実氏、武村正義氏……である。まだ生きている人もいる。武村氏がこの前岩波から刊行した回顧録でも訪朝記は少しあったが……。

 訪朝した時期は人によって異なるが七〇年代から八〇年代にかけてだ。すでに北朝鮮の経済力が衰退し、貿易支払いも滞り、帰国した在日の人々が悲惨な目に遇っている実態が明るみになりつつあったにもかかわらず、全面的な金日成賛美、北朝鮮礼賛の発言ばかりなのだから呆れるしかない。スリーマイルやチェルノブイリ事故があっても、日本の原発は絶対安全と豪語するのと同様のメデタイ言説ばかりだ。

北朝鮮を実際見聞した金元祚氏の『凍土の共和国 北朝鮮幻滅紀行』 (亜紀書房)は、1984年に出ている。週刊朝日が勇気をもって、この本は事実だと紹介したら、朝鮮総連の嫌がらせを受けて、筆を折ったことがあったが、少なくとも、北朝鮮が「地上の楽園」でないことは、1980年代には明々白々の事実となっていた。
『明日に向って 日本人のみた素顔の朝鮮と金日成主席』は、そのあとに出た本だ。知性と良心があれば、己の誤ったであろう北朝鮮見聞記の掲載をことわるのが普通だろうに?

「中国を経由して行ったのだが、中国と比べても生活水準ははるかに高い」(西川)
「米の生産性も世界一といわれる日本より高い」(関)

「アジアの情勢に目を転じたとき、南朝鮮、タイなどファシズムの嵐が吹き荒れている。日本もファッショ化の道に突き進んでいる」「こうした状況にあって金日成主席の率いる朝鮮民主主義人民共和国に対する期待は大きい」「共和国はファシズムに対抗して民主主義を守り抜く中心勢力として活躍してもらいたい」(美濃部)

「日本人の中には、北朝鮮について独裁国家だとか、人民の自由が束縛され、苦しい生活を強いられているというような悪口を平気でいう人がいる。しかし、日本と朝鮮は体制が異なる。その違いを無視して自分たちのものさしではかったり、色メガネで見るとその国の本当の良さや素顔を知ることはできない」(久野)

「北の脅威などといって戦争をあおり、戦術核兵器など並べている国があるとすれば、それは少なくとも正気の国とは思えません」(宇都宮)

「共和国の自力更生にもとづくこうした発展戦略は、朝鮮の自主的平和統一にとって決定的な意味をもっている」「共和国の社会主義建設路線というものは軍事的な意図があればとても成立できないのである」(武者小路)

そして、武村さんは「国土全体にダムづくりや灌漑施設がさかんで、近代化が全面的に進んでいるという印象をうけた」とのこと。

こういう人たちの「噓」に負けてはいけない!


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「読書の秋」にひもとくべき読書論とは? 「名著」ばかりでは…時にはフフフの本も……。
「おもいでの秋」、いや「おもいでの夏」もいいかも?

(2022・10・2・日曜日)




10月といえば「秋」だが、まだ日中は「残暑」…。でも熱帯夜はないから、まぁまぁ。
ということで、秋満吉彦氏の『「名著」の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を読んだ。

(こんな内容)→実は奥が深い「薄い本・定番の名著」から、読破が困難な「分厚い本・難解な本」まで。「いつか読もう」と思いつつ、積ん読になったり、
読みっぱなしになったりしていた本の「読み方」と「楽しみ方」が同時にわかります。


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著者は、NHKの「100分de名著」のプロデューサーとのこと。その番組は見たことがあまりないが、そのテキストらしきものが書店で並んでいるのは拝見したことがある。ハンナ・アレントのテキストは買ったかな? オーウェルもあったか?

そんな著者の自叙伝的読書論。小学生の時は、そんなに本好きではなかったとのこと。小学6年の時、同級生(女)が読書感想文コンクールで金賞を取ってヒロイン扱いされたのに刺激を受けて(?)父親の本棚にあった薄い本(『変身』『老人と海』)を手にしたあたりから読書生活が始まったそうな。そうそう、僕もその二冊、中学生の時に読みました。薄いから?

一日五分だけでも読もうとか、そのほか真面目な読書論だ。『変身』『老人と海』以外にも『赤毛のアン』とか……。『人間失格』も薄いから読んだ。現代国語の女教師が教科書に載っていた『走れメロス』を論じたときに、太宰治の作品でも『人間失格』を読むのは君たちには早すぎるとうので、すぐに買って読んだあるよ。でも自殺する作家はあまり好きではない。川端も三島も…?
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同様に真面目な読書論としては、齋藤孝氏の『齋藤孝の名著50』(ワック)がある。こちらは「100分」ではなく「5分」で分かる名著紹介だ。

(こんな内容)→「5分で名著がわかる!」ファスト教養書

古今東西、世界の名著をジャンル別に50冊紹介し、さらにそこから読みたい類書が分かるように編集。
「人生を豊かにするためには深みや高みといった垂直次元のもの、精神文化の柱となる
ものが必要だと私は考えています。その基準で名著を選びました。この中から3冊でも
5冊でも読んでいただくと、必ず自分の中に精神的な柱ができます」(齋藤孝氏)


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こちらも真面目な「名著」をとりあげての読書論。『徒然草』(吉田兼好)、『福翁自伝』(福沢諭吉)、『方法序説』(デカルト)等々、僕にとっては冒頭読破ないし積んどく本が多いかな?
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引き続き、ユニークな読書論としては、鈴木涼美氏の『娼婦の本棚』(中公新書ラクレ)がある。


(こんな内容)→「この本は、これから身体を売ったり、嘘をついたり、悪い人に出会ったりするかもしれない、まさにアドレッセンスというものの中を突き進んでいく若いオンナノコたちに向けて書きました。私が私の青春を生き抜くために貪った本の中から、特に印象的なものを選び、私が付箋を貼っていたような痺れる一文をなるべくたくさん紹介しています。母がさりげなくそうしてくれたように、若さを持て余した誰かの本棚に忍び込ませることができたらいい。それがどこか何かのタイミングで、新しい読書に繋がったらもっといいし、朝まで生き延びる暇つぶしになったらいいし、暗い夜を逞しく歩いていくオンナノコたちにとって、浮き具になったり電灯になったり地図になったりすることもあるかもしれない、そんな風に思っています」
(「はじめに 時に夜があまりに暗く、字を照らす光がなくても」本文より)


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元アダルト女優(佐藤るり名義)で、日経新聞記者。週刊文春などの報道によってフリーになった身だが、ここで取り上げられている書は、「名著」というほどではないが、硬派系というか、一応、マジメな本ばかり。小説系中心だからか(ノンフィクションも若干あるけど)、僕はあまり読んでないし、積んどくもしていないし、読もうという気にはならない本が多いけど、読書論としては退屈せずに読める一冊でした。

淫らだった(?)少女時代を回想しながらの、当時読んだ文学書の思い出などを綴ったエッセイもある。慶應時代は福田和也ゼミと小熊英二ゼミの両方に出ていたそうな(福田ゼミは分かるけど、小熊ゼミには出たくない? 鈴木さんの本はいままで何冊か読破してきたけどアダルトビデオは、水戸かなさんのものと違って?そんなにみたいとは思わないけど? もしかしてアマゾンでは高価格になっているのかな)。

アダルト作品について、普通の女性にとっては、特異なものを除いて「どれもこれも似ている上に、キャミソール姿の家庭教師が突然脱ぎ始めて、『次はここをお勉強しましょう』なんて言ってくるような『絶対にあり得ないけどAVではものすごくよくある光景』の繰り返しで、よほど特異な楽しみ方を見つけられない限り、基本的には全然面白くありません」との指摘はごもっとも。
ただ、男性は……。そこが妄想を掻き立てることにもなり、いいのかも。最近見た家庭教師物語の年上の女(河北彩花)はキャミソールじゃなくて、普通の服装をしていたけど……。それに、北方謙三さんみたいに、家庭教師の年上の女性と一時結ばれたりすることもあるのだから、決して「絶対にあり得ない」わけでもない。作家がそういう「絶対にあり得ない」という発言をしてはいけません?
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ということで引き続き、中谷彰宏氏の『本に、オトナにしてもらった。 人生の分岐点は、本屋さんにある』(かざひの文庫)を読んだ。

多作家の中谷さんだが、オーソドックスな読書体験があったようだ。1959年生まれだから゛僕と同世代。1958年生まれの坪内祐三さんともほぼ同世代。

小学2年から6年までバスに30分ほど乗って英語塾に通っていたそうな。バス停の近くに本屋があって、バスが来るまで立ち読みをしていたとのこと。時にはバスにも乗らずに立ち読みを続けたり。田中角栄の『日本列島改造論』を買ったりしたこともあったそうな。
自宅のスナックには住込みの二十歳前後のお姉さんがいて、時には彼のために眠る前に「読み聞かせ」をしてくれたそうな。また江戸川乱歩を読んで、エロスにも目覚めたそうな。貸本屋もあって借りて読んだことも……。

同世代として、ふむふむ、なるほど、そうそうという感じで一読しました。
「片思いをすると、人間は詩に出会います」なんてことも……。高校時代は文芸部のオブザーバーと称して、機関誌に下手な詩を書いていたものだ(「高校時代」か「蛍雪時代」にそれを投稿したけど、没でした?)。
今東光などの人生相談(週刊プレイボーイ)も愛読していたという。大学時代は古本屋にもよく通い、本代捻出のために、近くの食堂で、400円の焼きそばにすべきか、500円の焼き肉定食にすべきか、650円の天津丼にすべきかを悩んだとのこと。

僕も大学一年の時に住んでいた川越の近所の食堂で、玉丼300円、餃子150円で、カツ丼450円だったかのメニューをいつも凝視していた。

カツ丼と餃子を食べるのが一番ゼイタクだが、玉丼と餃子ですませていたかな? いや玉丼だけ?  食事をすませると、隣が新刊書店だった。「改革者」なんて置いてあったが、そのとき、その雑誌に初めてであったものだ。

会社に入って、夜食に店屋物のカツ丼が食べられて幸せだった。でも、先輩社員が、「またカツ丼か」といやそうにしているのを見て……。数年後にはカツ丼はカツ丼でも「上カツ重」にする自分(並のカツ丼と違って上カツ重はお重に入っていて、分量も少し多めで、あとは生卵がカツの真上に乗っていた程度の違いかな? 並が600円なら上は850円ぐらいした?)。でも、外食の「豚カツ定食」は学生時代から「いもや」オンリー。いまは両国の「いちかつ」のロースカツ定食(750円税込)。

食費はなるべく節約して本代に回すという生活はもう40年以上続いている習慣ですな。「うまいものを喰わせろ」という古女房に負けて、たまにゼイタクはしても……。

黄金町近くのラブラブステーションで3万円浪費するより、黄金町界隈の古本屋を周り、軽く食事をして帰るのに使ったほうがいい?

大学では当時(一年生)、カツ丼は180円だったが…(貧弱?)。翌年、学食のカツ丼は300円に値上げ。カレーは200円以下だった。よくカレーを学食で食べていた……。

そのほか、中谷さんは、高校の時、図書館に通う電車で拾った駅売りのスポーツ紙で富島健夫の官能小説に出会い、ファンになったという。僕も高校時代からそういう方面は読破していたが、大学一年の時に、川越の地元デパートでやっていた(このデパート、いまも健在。先日、久しぶりに川越の知人と会う時に、川越市駅と川越駅の間の商店街を散策。ありました。新刊書店と食堂は見当たらず)古本市で、トー・クンの『女教師』(フランス書院)と遭遇。
爾来、フランス書院も健在でなによりですが……。
フランス書院文庫の昨今の作品は、上記の鈴木氏のアダルト家庭教師論ではないが、ちょっとマンネリ化の「年上女」パターンすぎて、ついていけないこのごろ(歳のせいか?)。

ともあれ、いろんな雑感が浮かびながら読了。
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蛇足だが……。この中谷さんの本のタイトルはいろいろと応用ができそう?
『兄嫁に、オトナにしてもらった』とか『義母に、オトナにしてもらった』とか、「女教師に、オトナにしてもらった』とか『隣家の未亡人に、オトナにしてもらった』とか
それはそれで楽しそうな本ですな?

フランス書院文庫やアダルトビデオにも、そんなほのぼのとした(?)タイトルの作品があるといいのに。
この手の名作名著としては『おもいでの夏』がある。こういう格調高い(?)ストーリーを、少々大衆的に若干下品に描いた官能小説やアダルト作品があると、鈴木さんなど、女性の方々も「面白く」感じることもあるのではないか。

と思っていたら、近刊で、かつ、ブックオフで3割引きで購入できた露峰翠氏の『憧れのお義姉ちゃん』(マドンナメイト文庫)はまずまずの秀作でした。

(こんな内容)→六歳上の美人で優しい義姉に、少年は家族の親愛以上の感情を抱くが、義姉が大学進学で家を離れることになり……。
臣斗は幼いときに両親を亡くし、義姉の結衣から愛情を一身に受けて育った。そんな義姉が、大学進学を機に家を出ることになる。
別れを告げられ、呆然と風呂に浸かっていると、そこに全裸の結衣が現れて……。



小学6年生の童貞少年と高校三年の処女高校生。義理の姉弟関係。姉は家を出て離れた大学に進学。しばしの別れということで、フフフ?

次の舞台は高校生になった童貞少年。義姉への思いは募るものの、たまの休みの帰省の時しか会えないモドカシサ。クラブの一年上の先輩とフフフ。担任の人妻教師とフフフ…。そして姉と同じ大学に進学することになり、一緒にアパートで住めるかと思いきや、結婚すると聞いて……。
そういう葛藤も多少はある「年上の女と少年」の物語。まぁまぁ、純愛路線(少年のほうは「多様化」路線ではあるが?)。少なくとも「義姉(&女教師&先輩)にオトナにしてもらった」わけです?
それにしても、この手の本の低年齢化…。童貞少年も昔は大学生になってもとか、高校生が普通。中学三年生あたりも出るようになり、いまや小学六年生が主役に?

竹内けん氏の『ぼくをダメにするエッチなお姉さんたち』(マドンナメイト文庫)に出てくる、年上の女性に弄ばれる少年も、まだ11歳(まもなく12歳になる)の精通前の小学六年生の設定だった。
『憧れのお義姉ちゃん』は、冒頭こそ小学六年生だが、あとは高校生に設定が移る。
しかし、『ぼくをダメにするエッチなお姉さんたち』は、11歳から始まり12歳の誕生日で終わる。小学六年生の体験するハーレム物語なのだ。ううむ……。小説の話とはいえ、うらやましい限りだ。男のメルヘンを描いた佳作ですな?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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恒例の神田古本まつりは、あいかわらず「雨対策」ゼロの親方日の丸意識丸出しのようで?
「青空掘り出し市」もいいけど、「雨天掘り出し」も可能にしてくれれば尚いいのに?
その気はなし?

(2022・10・1・土曜日)




先日、新橋SL広場前の恒例の古本市に出かけた。真夏、真冬ではない今頃はほどほどの季節。

夜もどっかの古書会館の古本市と違って午後6時終了ではないから(午後8時までやってくれる)、アフター5(6)に出かけられるのがいいね。

ただ、広場にあった青空喫煙所が、一カ所は喫煙ルームになり、タバコの害はかなり減ったのはいいのだが、巨大テレスクリーンからの「広告怒声」には毎度のことながら辟易とされる。
煩い宝くじ売り場は、ラジカセの類ではなく、「肉声」でやっていた。マイクをもってやっているから閉口するけど、機械音声の垂れ流しでない点はまだマシかな。

ともあれ、ぐるりと一周したが…。買いたい本はなし。エロスコーナーはちょこっとある古本ブースはあったけど、さほどのものはなし。広場を使うのだから、青空古本市になるのはやむなし。なるべく雨が降らないことを祈りたいものですな。今週(月~土)はわりと晴天が多くてよかったあるね。
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話題は変わるけど、YouTubeで都内の立ち食い蕎麦屋ベスト10というのを見た。土地勘がある駅というか、通勤定期で途中下車できる駅チカの蕎麦屋が数軒あった。今度、行ってみようかと。

ワンコインで食べられるレベルの蕎麦屋は「きらく」で十分だったのだが、JR東日本のサービス低下(自動券売機で買った、すぐに使用しないことの多い新幹線などの切符を入れる袋を置かなくなった)に対抗するために、東日本直営の「きらく」では食事をしないことにした(何度も本欄で書いているけど!)。もう数カ月になるかな。3・11の時の利用者無視の怠業以降は原則として「ニューデイズ」を利用しないことにした。もう10年以上かな。

仕事場の近くにも、「某雑誌」などで紹介された立ち食い蕎麦屋の「名店」がある。何度か食べたことはあるが、それほどのものとも思えない。それに店主が……。夕方一仕事終えて、店の外の椅子に座ってタバコをプカプカ…。公道の人への迷惑…。また喫煙者が料理を作るのをしらなければそれまでだが、しってしまうと、店内にゴキブリがいたのと同じ程度の不潔感を覚えてしまうから…。
足が遠のきますね。

以前、高円寺駅近くで、古書会館に行く途中に立ち食い蕎麦屋があった(正確には椅子があって、立ち食いではない。数人ぐらいしか入れない狭い店)。麺がまずまずで時々寄っていたのだが、店そのものがなくなった(ビルの解体かな?)。

あとは宇都宮駅ホームと我孫子駅ホーム(弥生軒)の立ち食い蕎麦屋は例外として「容認」しているが、「きらく」など東日本のホームなどにある蕎麦屋には入らないようにしている。それ故に、YouTubeで知った、交通費ゼロか、古書会館近くの蕎麦屋は「ついで」に立ち寄ることが可能。

それにしても、東日本、つまらない経費削減をしたために、我が家の莫大なハードカレンシーが落ちなくなって、経営不振になっていなければいいが(これ、冗談ですが半分は本気?)。
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ということで、先日、さっそく、その一軒に立ち寄った。駅名からして「庶民的」なところ。途中下車することはめったになかった。ガード下やその周辺は、一昔前ならタバコの悪臭がプンプンと漂った感があるが、健康増進法の強化で公道を歩く限りは悪臭はない? 店前に青空喫煙助長の灰皿を置いている飲食店は未だによく見かけるが…。
ともあれ、ガード下の立ち食い蕎麦屋。なかなか見つからなかったが、狭い店。やっと見つけた。天ぷら蕎麦が税込380円の安さだ。ただし、ミニエビがちょっと入っているだけで、実質はかき上げ蕎麦。それでも380円は安い。きらくだと440円ぐらいしたかと?(値上げしたかな?)。

まずまずの味だが、店内はいささか汚い感じ。これでは一期一会かな……。
ほかにも、「いちかつ」の近くにも手頃な立ち食い蕎麦屋があるそうな。次回はそこに挑戦してみようかと。
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ところで蛇足になるが……。
「神田古本まつり」はあいかわらず「雨対策」ゼロで強行されるようですよ?
神保町交差点界隈が人でごった返して、そこがテレビに映れば満足なのが古書組合の重鎮たちなのかな?八代亜紀のあの歌をまた口ずさみながら……「雨雨ふれふれ もっとふれ 私のいいひと つれて来ないで」とならなければいいけど……。

「第62回東京名物 神田古本まつり」なるものが、2022年10月28日(金) ~ 11月3日(木・祝)まで開催されるようだ。

メールで届いた案内を拝見すると、相も変わらず「雨対策」はゼロのようだ。

【会場】は、神田神保町古書店街(靖国通り沿い・神田神保町交差点他)がメイン。雨が降ったら「イチコロ」。ここは夜7時まで一応やるのに、雨の心配はない東京古書会館の古本市はあいかわらず、週末の10・28~30だけで、しかも午後6時まで(30日は午後5時閉館)。やれやれですな。せめて、10・28~11・3までやって、午後7時までやれよと言いたくもなる(雨対策もかねて)。

地方から来る人もいる週末ぐらい、雨が降っても古書会館へ行けば…となるだろうに。そのとなりの駐車場スペースも活用して、そこも臨時古本市会場にすればいいのに、そんなこともしない(ここはかつては青空喫煙所としても『活用』していたみたいだけど、千代田区からのお達しで、敷地内禁煙になったのかな?)

古書会館が改築中の時は、神保町からちょっと離れるけど、日教組の会館の中の会議室を使って古書市をやっていた。そのあたりも活用すればいいのに、旧態依然で、「青空古本市」が活気な雰囲気を醸しだすほうがいいと重鎮たちは考えているのだろうか?時代錯誤。

10・28~11・3の間、半分ぐらい大雨になって、客足が大幅に鈍れば少しは考え直すかも?何年か前、台風がきたこともあったっけ?  天譴が期待される?

なにしろ朝方雨になって、正午すぎに回復して晴れた時も、結局、終日中止にして、数時間でもやろうという意欲も示さない年もあった。

本欄でたしか書いたけど、午前中、雨の時、高円寺などの古書会館に出かけ、天候が回復したので、やっていると思って、神保町に午後行ったら、ブースにはブルーシートをかぶせたままで、終日休業状態。空は晴れているのに! アホかと思った年もあったね。

爾来、青空古本市にはさほどの期待はしていない。店の向かいにブースを出して歩道が狭くなるのだから、大した人数でなくても、混雑状態になるのは当たり前。
それをみて、賑わっていると早合点するのも愚かなことだろう。ちょっと離れていて、最近あまり足を運んだことのない千代田区立図書館(九段下)の一階の空間なども、古本市をするのには手頃だろう。本を貸さない、貸したくない親方日の丸図書館も、少しは協力するといいね。

雨対策の一貫としてそういう屋根のあるところで古本市をやればいいのに。地方からやってくる古本ファンたちの「思い」(雨が降ったらいやだな)を理解想像することもできないのかしら?

二年前、コロナ騒動だったとしても、店面積が狭い古本屋はあんなに自粛する必要もないのに、神保町の古本屋さんたちは、澤口書店など一部を除いて、全面休業状態になってしまった。なにせ、読売新聞(2020・4・28)で、神田古書店連盟会長の矢口哲也氏が「たしかに古書店は『不要不急』の部類。休業を求められるのは仕方がない」と述べていたのには唖然としたものだ。僕が会長なら、営業自粛要請を主張する都知事などに対してこう言い返すねと書いた(再録)。

「ふざけるな。古本屋が不要不急の商売であるわけねえだろう。鉱物資源など何もない日本じゃ、人間の知性、知能だけが資源なんだ。その知性、知能のためには『本』が必要なんだ。
あんたたちだって、そこそこ難しい試験を受けて公務員になる時、本を手にしなかったのか。図書館まで全面封鎖しやがって――いや図書館はちょっとライバルだから借り(貸し)出し停止になると、否応なく古本屋、本屋で買い求めてくれるからまぁ、それはまだいいけどさ――古本屋の営業を停止することは日本の知能の発展を阻害することになることぐらい、お前たちわからないのか?
 密接密集だと…。古本屋は三々五々人がやってきて散策する場所なんだ。お前たち、古本屋に来たこともないな。古書会館の古本市なんか来たことがあるのか? 金曜初日の朝はちょっと混むけど、夕方になれば空いているし、土曜日も密集なんかしてないよ。庶民が、数百円、せいぜい、千円、二千円の本を求めてやってきても、パチンコ屋みたいな混雑にはならないよ。まったく単細胞型官僚でないと思いつかない休業要請だな。俺たちは言うこと聞かないよ。
日本の文化、文明を守るためにも権力の不当な圧力なんぞはね返してやる。くたばれ、都庁の糞役人め。小池に言っておけ、カイロ大学でちゃんと勉強してたのか。本当に卒業してるのか?」


会長がおっしゃるとおり、古本市に出かけるのも「不要不急」かな……。まぁ、チラリと眺める程度はするかもしれないが、人込みの中に出かけるのも億劫。いつになったら、親方日の丸意識から脱した、まともな古本市になるのだろう。
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ところで、この週末は東京古書会館では一般向けの古本市はなく、高円寺古書会館のみの開催。ということで出かけた。たまたまかもしれないが、会場にいた時は静寂。

枝川公一氏の『ジョン・レノンを探して 銀座の旅ノート』(文藝春秋)、太田薫氏の『転換期の日本労働運動 右傾化の克服と七〇年闘争』(平和書房)、林健太郎氏の『流れをとらえる』(新潮社)、王道直氏の『共産主義は間違いだ 資本論の批判と克服』(心情圏社)、奥井一満氏の『狂ったホモサピエンス 滅びゆく人類』(地産出版)をゲット。

夜は、ホークスの優勝がかかった試合をこれからテレビで拝見する予定だが……。さて、どうなりますやら。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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スティーヴン・ハンターの『さらば、カタロニア戦線(上下)』(扶桑社ミステリー)はスペイン内戦を舞台にしたスパイ小説で、それと何の関係もないし、田澤さんの謦咳に接したことはないけど、なんとなく「さらば、カタロニアの田澤さん」と言いたくもなった……
(2022・10・1・土曜日)



以前、産経新聞(2022・7・17)の書評欄に出ていたので取り寄せて読んだのが、田澤耕氏の『カタルーニャ語 小さなことば 僕の人生』(左右社)。

(こんな内容)→元銀行員が研究者に⁉ カタルーニャでベストセラー作家に⁉ ことばの海を泳ぐカタルーニャ語学者の40年。 日本で初めてのカタルーニャ語の辞書編纂からカタルーニャ語で小説をものするまで、編纂、翻訳、創作、記録あらゆる手法で日本とカタルーニャの文化をつないだ田澤耕が「小さな言語」との40年をユーモアいっぱいに描く。 二重言語の街の歴史、ふたつのことばの上下関係、言語学習についてなど…ことばの宇宙に目が眩む一冊。


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大変おもしろい「自叙伝」だった。語学が得意で、英語やフランス語をかなりマスター。東京銀行に入り、銀行員にはまったく向いていないことを自他ともに認識しつつも、留学ではないのだが、スペイン支店開設の要員として派遣されることになり、現地でスペイン語の特訓を受けることに…。
場所はバルセロナ。カタロニアというかカタルーニャ語という「地方語」(方言?)に出くわし、これはなんだろうと関心をもったことが、生涯の研究テーマとなる。そこで妻もみつける(日本人)。

田澤さんの本に関しては、本欄でも二カ所で触れていた。

左右社の本でも言及されている、『カタルーニャ50のQ&A』(新潮選書)は某古本屋で購入して積んどく(行方不明?)。
もう一冊、『〈辞書屋〉列伝   言葉に憑かれた人びと』 (中公新書)は読了ずみ。大変ユニークな辞書本だった。

そういえば、先の本で言及もしていた(かと思うのだが)、田澤さんの語学書である『カタルーニャ語読本』(大学書林)なんかも古本市で見かけたけど、さすがに購入はしなかったあるよ。

ともあれ、この著者の背景には、そういう人生ドラマがあったのかと感得しつつ『カタルーニャ語 小さなことば 僕の人生』を読了したのだが、その本の中でも、病気のために余命もわずかという趣旨の記述があった。
それは大変なことだなと思っていたら、2022・9・30の朝刊に訃報が出ていた(日経、産経などにて拝見)。
9月24日、大腸がんのため神戸市の病院で死去、享年69。古希までは生きたいものだが……。なかなか、そうならない人も少なくない。
もっと若くして病気で亡くなる人もいる。事故死もある。あまりにもノーテンキな幼稚園(保育園)の通学バスの運転手などのために死んだ幼児もいる。運、不運、自己責任等々、人生さまざまですな。
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ともあれ、田澤さんには、先の本のあとに、『僕たちのバルセロナ』(西田書店)という本も出たようだ。これが遺著。息子二人のバルセロナでの子供時代を回想した本のようだ。

バルセロナと聴けば懐かしい。といっても、スペイン旅行に出かけた時、バリ経由で最初に降り立ったのがバルセロナ。夜到着し、タクシーでホテルへ。三泊しただけだが。オーウェルの『カタロニア讃歌』で出てくる所を訪ね歩いた。

それから、オーウェルの戦跡を訪ねて、バルセロナからウェスカ、マドリッドに出かけたのも気づけば10年以上昔になってしまった。英国、オーウェルの墓参りやらジュラ島のバーンヒル荘に出かけたのももう20年以上昔になってしまった。
中共バカ殿様(習近平)によるコロナ蔓延のせいで、海外旅行もままならぬ昨今(少し改善されてきた)。パスポートの期限が来て、書き換えた途端にコロナ騒動。有効期限、5年くらい延長してほしいものだ。死ぬ前にもう一度、英国、スペインに行きたいものだが……。

8月のバルセロナのオーウェル広場で、昼からセルベッセを飲んだ時…。数少ない人生の愉悦の時だった……。


田澤さんの謦咳に接したこともなく、最近になって本を1~2冊読んだ程度だったけど、また、スティーヴン・ハンターの『さらば、カタロニア戦線(上下)』(扶桑社ミステリー)はスペイン内戦を舞台にしたスパイ小説で、これまた、田澤さんと何の関係もないけど、なんとなく「さらば、カタロニアの田澤さん」と言いたくもなった……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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