古本虫がさまよう
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「困った憲法」を「困った解釈」ではなく、「まともな解釈」で運用するために…
(2017・9・24・日曜日)





長尾一紘氏の『世界一非常識な日本国憲法』 (扶桑社新書)を読んだ。

内容紹介→<日本国憲法3つの非常識>
1 内容が非常識――国民の生命と財産を守れない
2 制定過程が非常識――GHQを忖度(そんたく)して作成
3 憲法学者が非常識――トンデモ学説の憲法学者
こんな非常識な憲法は世界中で日本だけです。私たちはいつまでこの憲法を守り続けるのでしょうか。
「外国人参政権合憲説」を撤回した著者だからこそ書けた、日本国憲法の欺瞞を粉砕する一冊!




この人の「変身」ぶりは、前著、 『日本国憲法 全訂第4版』 (世界思想社)を紹介した時にも触れた(末尾再録)。その前著のダイジェスト版が本書『世界一非常識な日本国憲法』といえるかもしれない。一読の価値ある憲法・政治論。

「憲法9条」を死守する立場の『憲法第九条』 (岩波新書)や『平和憲法と共生六十年 憲法第九条の総合的研究に向けて』 (慈学社出版)の小林直樹氏への批判や、宮沢俊義の「八月革命説」の無節操ぶりなどへの批判もある。まぁ、変節と転向などは、いろいろとあるので……。女系天皇は「違憲」との指摘も…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

(以下再録)
憲法学者は転身・転進・転向する――自衛隊合憲説(橋本公亘)から外国人参政権付与&女系天皇論・違憲説(長尾一紘)まで 08/23/2011


   長尾一紘氏の『日本国憲法 全訂第4版』 (世界思想社)を読んだ。
 著者は昭和17年生まれの中央大学法学部教授。かつては外国人参政権付与に関してリベラルな考えを表明していたが、その後、転向し、産経新聞や雑誌「ウイル」にもしばしば登場し、反対論を展開したことで知られる異色の憲法学者だ。中央大学法学部には、かつて(80年代)中道リベラル的立場から自衛隊合憲説に転向し、小林直樹氏などを手厳しく批判した橋本公亘氏( 『日本国憲法改訂版』有斐閣・故人)がいたが、その再来といえようか? 橋本氏などは、合憲説に転向したものだから、学内のコミュニストやそのシンパたちが「右折禁止の会」を作って批判していたものだが、長尾氏は大丈夫か?

 本書も冒頭から、杉本幹夫氏の『「植民地朝鮮」の研究』 (展転社)には「蒙を啓かれました」と絶賛している。また「戦後の憲法学には、国家の存在意義を軽視する傾向があった」「反日自虐の歴史観が国民の心を蝕み続けていますが、その影響は、憲法解釈にも及んでいるようです」と。

 内容的には「教科書」であるから、通説や判例を紹介しつつ概説的であるが、所々自説を展開もする。その内容も中庸というか保守的というのか、憲法学界の多数説から見れば「異端」になろうか。

 一読して、いままで好意的に読んできた政治・憲法学者――西修『日本国憲法成立過程の研究』 (成文社)、百地章氏『憲法の常識 常識の憲法』 (文春新書)、八木秀次氏『日本国憲法とは何か』 (PHP新書)、小林節氏『憲法守って国滅ぶ』 (KKベストセラーズ)、田上穣治氏『日本国憲法原論』 (青林書院新社)、大石義雄氏『日本国憲法概論』 (青林書院新社)、尾吹善人氏『憲法学者の空手チョップ』『憲法学者の大あくび』 (東京法経学院出版)、『寝ても覚めても憲法学者』 (フォラオ企画)、 『憲法徒然草』 (三嶺書房)、林修三氏『憲法の話』 (第一法規出版)、中川剛氏『憲法を読む』 (講談社現代新書)、 『日本国憲法への質問状』 (PHP研究所)、勝田吉太郎氏『平和憲法を疑う』 (講談社)、菅野喜八郎氏&小針司氏の『憲法思想研究回想』 (信山社)、井手成三氏『困った憲法困った解釈』 (時事通信社)、入江通雅氏『最新国際関係概説』 (嵯峨野書院)、 小山常実氏『「日本国憲法」無効論』 (草思社)…とほぼ同列と感じた。

 憲法制定時に関しても、「占領憲法」である事実を直視している。国際法にも違反しているとの指摘もある。ポツダム宣言を受諾したからといって、明治憲法の改正が絶対必要であったというわけではないとも指摘。GHQが作成したとしても憲法制定時の審議は自由だったというのは歴史の捏造だと反論もしている。衆議院憲法改正小委員会議事録が1995年に公開され、干渉の実態が明白になったと。松本草案が明治憲法の焼き直しにすぎないとの評価も事実誤認であり、乙案は大幅に改められており、その内容は英国憲法慣習に近いものであったという。

 こういうちゃんとした指摘をする憲法学者は今でも少数派であろう。単細胞的な護憲派学者はそうした事実を歪曲してなかったものとみなそうと必死であるからだ。残念ながら東大や早稲田の憲法学の教授にはそういう学者が少なくない。また、護憲、護憲といいながら、9条以前の条文は消したい、変えたいと思っている人も少なくない。だから最近は護憲と言わず、9条を護れとしか言わなくなった人もいる。こういうトリックには要注意だろう。

 天皇制度にしても、日本は君主国家、天皇は元首であると見ている。皇位継承は男系主義であり、女系天皇の導入はこの伝統に反するがゆえに「違憲である」と認定している。
政教分離も教育関係については厳しい基準が必要とされるが、その他の分野については緩い基準でいいということで、靖国神社への玉串料奉納、公式参拝は合憲とされるとしている。外国人参政権問題に関してはもはや言うまでもない。

 こまかい点は若干異論なきにしもあらずだが、「困った憲法」を「困った解釈」で捩じ曲げようとする憲法学者の本に較べると、「困った憲法」でも「正しい解釈」で見ようとしていて、スッキリしていて頭に入りやすい本である。

 僕が学生時代の頃のテキストだったハードカバーの箱入りの分厚い憲法書に比べて、長尾氏の本は並製で300ページちょっと。手頃であるだけでなく、内容的にも極めて常識的で論理的である。今後、大学一、二年レベルの教養憲法、日本国憲法論、憲法学はこの本で学ぶのがスタンダードになるべきだろう。

 憲法を学ぶ上で、少なくとも日本国憲法の基本原則とやらが、国民主権、基本的人権の尊重は当然としても、戦争の放棄がそうだなどと単純には言わないことだ。侵略戦争の放棄、平和外交の推進は当然ではあるが、また象徴天皇制度も憲法の基本原則として銘打つべきなのに、これは消滅させたいと思っている憲法学者が少なくないせいか、基本原則と明示しないのはおかしい。これこそ、日本独特の原則ではないか。



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疲労困憊の土曜日祝日に出かける時に車中で読むべき本は、『競争社会の歩き方 自分の「強み」を見つけるには』 か、『扇情のピアニスト』か?(2017・9・23・土曜日・祝日)



この前の3連休含めて、連日早起きして、家でまず一仕事をしてから出かけていたせいか、今日(土曜)の朝はいささかグロッキー?  なんとなく体がだるいが…。金曜夕方からの雨もあがってきたようなので出かけることに。しかし、本日は、神田、高円寺、五反田の古書会館で古本市がある。3P(三カ所)か…。ちょっときついが…。
まずは神田の東京古書会館へ。北山宏明氏の『東欧ひとり行く』 (非売品 1963年発行)、橋爪檳榔子氏の『欧亜新風景』 (河出書房)を購入。橋爪氏の本は昭和12年の刊行。2冊で700円。

そのあと、仕事場に寄り「一仕事」してから、高円寺古書会館へ。中野静夫・聰恭氏の『ボロのはなし ボロとくらしの物語百年史』 (リサイクル文化社)、 『対訳オーウェル(Ⅰ) アニマルファーム』 (南雲堂)を購入。2冊で300円。
それから五反田へ。新宿駅で山手線に乗り換えて車内に入ったら、脇の端っこの座席の人が遅れて立ち上がり降りるので、おっ、そこに座れるかと思って腰を下ろそうとしたら、ナントカデラックスより背が低くて腹周りは大きいデブ女(年齢不詳?)が突き飛ばすかのように、僕のからだを押し退け座った。座るやいなやスマホをせっせといじっている。こちらのあきれ顔を見たくないのだろうか、顔を上げることもなく画面に向かっている。呆れた女というしかない。

ともあれ、五反田へ。古書会館では、今度はイヤホンかなにかを耳に入れてリュック担いでいる中年男が一階会場にいたが、人を押し退けるように行き来している。荷物を預けて二階に上がったが、また人にぶつかっても平然としている。やれやれ。世の中、バカが増えているね。でも、その男、端っこのところで抽選に当たったかどうか聞いていたが、「外れです」と言われていた。ザマーミロ?
さておき、田村隆一氏の『ジャスト・イエスタディー』 (小沢書店)を購入。200円。

これにて、土曜日の野外3Pは終了。
五反田駅に戻るところに、喫煙者天国のフレッシュネスナントカバーガー店があるのだが、入口のところ、おやおや、土曜日曜祝日は終日禁煙にしたようだ。平日も禁煙タイムがあるような貼りだしをしていた。が、遅すぎる。このチェーン店、まぁ、一階と二階があれば、一階を禁煙にする程度の「最低限度の良識」は持っていたようだが、新宿など、外座席には灰皿を置いていたりもしていたものだ(今はどうか知らないが)。ついこの前、やっと全店全面禁煙になったマクドナルドにしても、このフレッシュネスナントカ店も、生涯、よほどの非常事態でも発生しない限り、恐らく入ることはないだろう。モスバーガー含めて、従来、喫煙天国店が多かったおかけで、すっかりハンバーガーなど無関心になったものだ。こんなところに我が家のハードカレンシーは落としたくない?

ともあれ、帰宅途上、某駅の某店(もちろん全面禁煙)でつけ麺(830円・大盛り)を食べて少し元気になる。その近くのブックオフで、葉月泰太氏の『奥さん、透けてますけど』 (二見文庫)を購入。410円。一割引き券を使おうとしたら、このブックオフでは使えないサービス券だったが、ポイントカードにて購入。実質ゼロ負担。

車中、大竹文雄氏の『競争社会の歩き方 自分の「強み」を見つけるには』 (中公新書)を読み始めた。
競争社会反対を安易に叫ぶこのごろだけど、著者は「競争のおかげで私たちは自分の長所を見つけることができる。私たちは、下手に自分探しをするよりは、競争にさらされたほうが、自分の長所を知って創意工夫ができるようになるはずだ。これが競争当事者のメリットではないか」と記しているのにまずは同感。そして読み始めたのだが、ううむ、やはり疲れがたまっているせいか、また、この本、新書とはいえ、一応経済学的視点からの本。頭や体が疲れている時に読むのには適していない?
ということで、一端、その本をカバンに入れて、別の柔らかい本、草凪優氏の『扇情のデパートガール』 (双葉文庫)を取り出し読了。

内容紹介→制服への憧れが高じ、デパートに就職して半年の守矢篤史の楽しみは休憩時間を利用しての店内巡り。清楚な受付嬢の鍋島可菜子をはじめとした百花繚乱の美女たちに、密かな羨望の眼差しを送るばかりだったが、紳士服売り場の案内嬢の芹沢佐緒里の妖しい行為を目撃したことをきっかけに、デパートガールたちと、目眩く極上の体験を重ねることになる――。紳士淑女が楽しむ、大人のための性愛小説復刻版。

2004年に双葉文庫から刊行された『微熱デパート』の改題復刻版とのこと。

『煽情のデパートガール』と聞いて、ふと『戦場のピアニスト』を連想したのだが…。『戦場のピアニスト』という映画はテレビ放送で見たが、もちろん、それとは全く何の関係もないエロス小説。

比較的、若い女性の多い職場に就職し、社内制服美女を眺めて楽しむ男が主人公。気になる年上社員の跡をつけていたら、思わぬハプニングが…。口封じ(?)にフフフの体験をさせられてからは、いろいろと…。特に、葛藤というほどのものはなく、サラリーマン小説に若干のエロスをまぶした感じの他愛もない小説。暇つぶしには手頃(猛暑の時や疲労困憊の時などには、こういう本を手にして電車に乗るのもいいものでは…)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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歴史認識は修正されて当然!? 
スターリン、毛沢東、金日成はヒトラーより悪辣な独裁者と言うのは正しいのだから!

(2017・9・22・金曜日)





有馬哲夫氏の『こうして歴史問題は捏造される』 (新潮新書)を読んだ。


内容紹介→慰安婦、南京事件、原爆投下……不毛な論議に終止符を!
中国、韓国から「歴史ハラスメント」が繰り返され、問題化してしまうのはなぜか。 彼らに迎合するかのように新聞記者やテレビ製作者が歴史を歪曲してしまうのはなぜか。 問題の根本は「歴史リテラシー」の欠如にある。 第一次資料の読み方、証言の捉え方等、研究の本道を説き、慰安婦、南京事件等に関する客観的事実を解説。プロパガンダに与せず、イデオロギーに依らず、謙虚に歴史を見つめる作法を提示する。


大変説得力のある歴史エッセイ本。
慰安婦強制連行説を主張する吉見義明氏や、清水潔氏の『「南京事件」を調査せよ』 (文藝春秋)などの「反証不可能」的な「個人的証言」の安易な利用を批判している。

とりわけ、吉見氏に対しては、彼の著作『従軍慰安婦』 (岩波新書)に関して、朝鮮人女性の慰安婦にされた云々の証言を「不思議なことに、吉見は確認や検証をせず、鵜呑みにしています。これは、歴史研究者として対象と距離を保つべきなのに、朝鮮人『慰安婦』に肩入れしてしまっているからだと思います。これでは、学問的中立性が保てません」と手厳しい。
『従軍慰安婦』はかなり昔に読んだが…。

そのほか、有馬氏は、元朝日記者の植村隆氏の慰安婦関連記事も検証し、当然の疑問を呈している。
そんな吉見氏や植村氏に較べれば、客観的な筆致で、この問題を取り上げ、朝日新聞にもしばしば登場している永井和氏に関しては、「彼が決して反証を無視しない歴史研究者だ」と評価しつつも、その限界を鋭く指摘もしている。なるほど。
そのほか原爆投下をめぐるNHKのドキュメンタリー番組に関しても、詳細にその資料利用の誤用などを分析している。

有馬氏の本はいままで何冊か読了している。 『大本営参謀は戦後何と戦ったのか』『原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史』『歴史問題の正解』 (新潮新書)などに対して、批判的なニュアンスで「歴史修正主義」だと批判する向きもあったという。それに対しても、今回の本で的確に反論している。

以前、読んだ渡辺惣樹氏の『戦争を始めるのは誰か  歴史修正主義の真実』 (文春新書)は、そうした「歴史修正主義」を考える上で大変適切な本。恣意的な資料悪用をしがちな単細胞的な左右の全体主義者的史観に毒されることなく、客観的な、より正しい歴史認識を持つためにも、こういう本が役立つのはいうまでもあるまい。

共産主義を輝かしいものとして礼賛していた岩波新書(大内兵衛氏のソ連中共賛美の『社会主義はどういう現実か ソ連・中国旅日記』 やストロングの『チベット日記』)の内容を「修正」して何が悪いのだろう。

スターリンが死んで、スターリン批判が出る前の1954年刊行の『スターリン讃歌・詩集』 (理論社)は、「迷著」というしかない噴飯ものであった。野間宏なども名を連ねていた。
スターリンのあとも、毛沢東讃歌、金日成讃歌、カストロ讃歌、ポルポト讃歌……と共産主義偶像礼賛は所変えて続いていく…。
その陰で彼らに殺された犠牲者の数は鰻上りに増えていく……。

『共産主義黒書』 (恵雅堂出版)や、ノーマン・M・ネイマークの『スターリンのジェノサイド』 (みすず書房)や、ロバート・コンクェストの『スターリンの恐怖政治(上・下)』 (三一書房)、 『悲しみの収穫・ウクライナ大飢饉 スターリンの農業集団化と飢饉テロ』 (恵雅堂出版)や、R・J・ラムルの『中国の民衆殺戮 義和団事変から天安門事件までのジェノサイドと大量殺戮』 (パレード)などを「歴史修正主義史観」だと貶める人がいるとしたら、そういう人たちこそが「反知性主義」だろう。それはその人自身の知的限界をさらけ出すだけではないのか?

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AIとシンギュラリティにご用心?(2017・9・21・木曜日)



長い間、積んどくというか、読みかけだった、ルトガー・ブレグマンの『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』 (文藝春秋)を読了。ニクソンが意外と社会保障に理解を示したことなどの指摘あり。岸信介などもそのあたり、そういう面もあったかと。

この本を読了したあと、鈴木貴博氏の『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』 (講談社+α新書)、小林雅一氏の『AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能』(集英社新書)、齋藤和紀氏の『シンギュラリティ・ビジネス AI時代に勝ち残る企業と人の条件』 (幻冬舎新書)等々を読破。
「シンギュラリティ」という言葉の生みの親である、レイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき』 (NHK出版)を拾い読みした。

シンギュラリティとは「テクノロジーの進化のスピードが無限大になる特異点」との意味。近年、それが加速化されており、2020年~2030年、そして2045年ごろには、「完成の域」に達するとのこと。要は、コンピュータが人間の脳を越えるようになってくるということだ。

週刊現代(2017・9・30号)は、 「激変! 2028年のニッポン」「第1回 AIスマホが上司になる日」との特集記事を掲載している。これもシンギュラリティの近未来の世界を描いたもの。

物理は赤点だったし、生物も赤点寸前の成績だった我が身には、こういうテーマの本はいささか荷が重い。それでも、まぁ、いろいろと知的刺激を受けた。受けたけど、もう還暦直前の我が身、2045年には生きていないだろうし、2028年…となると?

ただ、人工知能というのか、機械化は単純作業の分野ではかなり進んでいる。機械オンチの僕でさえ、新幹線の切符や青春18切符などは、自動販売機で購入している(時々、駅員に青春18切符は、昔みたいに5枚分割で売ってくれ。サービス悪いぞ」と文句を言いたい時には窓口に並ぶことがあるけど)。たまに家人などが出かける時のホテルの手配などは、楽天トラベルなど、パソコンを通じて。以前だと、駅チカの旅行会社に行っていたものだが…。
本の購入も、アマゾンや「日本の古本屋」などネットを利用することも多い。もちろん、リアル書店の古本屋や新刊書店にも足を運んでいるが…。

この前も黴の生えた敷布団を買い換えるにあたって、スーパーなどに買いに行くより、通販のほうが便利ということでそちらで購入した。持ち運びの手間がないし、「名目上」だろうが、「送料無料」ということだったから。

スーパーの自動レジはまだ利用したことはないがあちこちで見かける。少なくともレジ店員がいても、精算はレジから離れたところで、札をいれておつりをもらうスーパーにも遭遇。テレビでも、コンビニの出張販売店が、すべて「自動販売機」になっているのを紹介していた。駅だって、「改札」に人が立つことはなくなった。パスモや自動改札の普及で車内の検札や乗り越しのお客様は…と車掌が車内を回ることもなくなった。
「翻訳」「通訳」などが「自動化」される可能性はかなり高いようにも思える。文法が比較的同じ、韓国語と日本語となら、完成度はすでにして高いとも聞く。

太陽光などのエネルギー開発も進めば、無限のエネルギーを得られて、石油石炭、シェール革命も不要になるとか(ううむ、太陽光を吸収することによって、太陽の寿命が短くなるということはないのか?)。機械、ロボットに単純作業をやらせて、人間は労働時間の短縮になる?
でも世の中、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるのが世の常。いいことばかりのはずはなかろう。

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回転木馬というか、南船北馬というか、全共闘世代にもいろいろとあるようで…。『河合栄治郎』全集をポケットマネーで買う人に悪い人はいない?
(2017・9・20・水曜日)





大野正道氏の『東大駒場全共闘エリートたちの回転木馬』 (白順社)を読んだ。

内容紹介→1968年春、片田舎の秀才が意気揚々と東大の門をくぐり学生運動の荒波に出会う―新左翼ML派とクラスメート、新宿騒乱と機動隊、東大落城と内務班生活、逮捕また逮捕、そして起訴。“全共闘運動とは何だったのか”19歳で渦中に飛び込み、50年を経て見つけた答えとは…今だからこそ語りうる、敗北と再起の回想録。


「全共闘」と聞くと、「愚鈍」という言葉をすぐに連想する人もいるかと思うが…。それはさておき、1949年生まれの著者は富山市内のそこそこの中小企業の次男坊として生まれ、現役で1968年に東大法学部に合格。将来は保守系?の政治家になるという野望を抱いていたそうな。学生時代はもてたそうで…。それ以降の学生時代に、いろいろと学生運動をやって、そんなに過激でもなかったようだが、逮捕されたり、起訴されたり、執行猶予付きとはいえ有罪判決を受けたり…。そんな「バカ息子」の行く末を案じる母親と姉…。仕送りを続けつつ、心配になり上京してくることもしばしば。そんな回顧も綴られている。

社会思想社から刊行された『河合栄治郎』全集25巻を大学教授時代に購入したりしたこともあったそうな(僕は学生時代に半分ぐらい購入)。だから、そんなに悪い人じゃないみたいだ? 河合栄治郎の全集をポケットマネーで買う人に悪い人はいない?

中小企業とはいえ、丼勘定でもあったのか、親のツケで飲食店で飲み食いもできたそうな。

ともあれ、東大紛争では、大河内総長なんかはメじゃなくて、加藤一郎代行はちゃんとしていた云々の指摘もあった。あぁ、そのあたり、日大紛争に関しては、大学側も悪いと認識していた佐々淳行氏も、東大の対応が、加藤一郎さんが総長になってから、シャキッとした旨のことを何かに書いていたかと。今手元に本がなくて、うろ覚えだが…。

後日、関西で、電車で加藤さんと偶然乗り合わせたことがあったそうな。自分の前に立っていたので「先生、どうぞお座りください」と。その後、少し話をして「私は全共闘の学生でした。ご迷惑をおかけしました」と。東大紛争に加藤さんを巻き込んだために、彼の学者人生を狂わしてしまったであろうことを自省している態度は、全共闘世代にあるまじき良心的態度ではないか? 立派!

父親の会社の経営は、悪い時もあったようだが、1968年時点で、下宿(4・5畳)の家賃が5000円。仕送りは家賃の六倍の月3万円もあったという(足りなくなると補充してもらっていたとのこと)。

僕は1977年時点で、東京の大学(「東京大学」ではなく「東京(にある)私立大学」)に通っていたが、家賃(アパート・風呂なし・6畳一間、台所3畳)は25000円。その6倍だと、15万円になるが、そんなには仕送りはもらってはいなかったかと。

ある時、学生用の食堂で飯を食べていたら、置かれているテレビでは「肝っ玉母さん」がやっていて、家族で仲良く食べるシーンが流れていると、「俺はこういうのが大嫌いだ。プチブル根性丸出しの番組」だと批判する人がいたことに、違和感を覚えたりしている。
田舎出身のよく勉強のできる高校生が、東京の大学に入り、都会の悪い空気に感染して、一時道を誤ったものの、執行猶予の判決を受け、その後はマジメに勉強し、地方国立大学の教授となり筑波大学の教授にもなって定年。同級のものには朝日の記者になったり、いろいろと。行方不明者もいたりする。
全共闘世代もおおむね「古稀」前後。まだまだ若いか…。人生いろいろということを認識させてくれる自叙伝でした。

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